リックの不在7
食事も終わり、医務室へと向かったレティ達。
「……」
どうしたものかと手を止めてレティが見ていた時、短いため息が一つ。
「……ユース」
「なぁに?」
「いい加減離れないか」
ディノスが振り返り気味に言う。
「お前が俺の背中にべったりしていたら、薬も包帯も取り替えができないだろう」
彼はベッドに腰をかけて服を脱ぎ、包帯と塗り薬を新しくする為に医務室にいるわけなのだが。彼の服を脱がせるのを手伝い、そして今は大きいユーシュテが背中にすり寄ってしまったと言うわけで。
「だってあたし、この背中大好きなの」
「それは結構だが、作業が滞る」
「もう少しだけ」
朝食の後にレティを誘ったユーシュテも、ディノスの怪我の手当てを手伝うつもりで来たはずなのだが……。
(ユースちゃん、好きな物事になると周りが見えなくなっちゃうからなぁ)
看護師から預かった包帯を手に持って、レティは苦笑した。
「ユース」
ディノスは体を捻り、ユーシュテの腕を掴んで前に強く引いた。
「わっ!」
そのままバランスを崩した体を引き寄せ、上体を倒すように導くと膝に頭を乗せた。
「ディノス?」
「大人しくしてろ」
「あたし、貴方の怪我の介抱に来たのよ?」
「背中にくっついてた奴が言うセリフか」
ベッドガードに掛けていた服を取り上げ、ユーシュテに押し付ける。
「じゃ、俺の服を持ってそのまま待ってろ」
「はーい」
ニコっとしてユーシュテはディノスの膝に頬を擦り寄せながら、嬉しそうな顔で大人しくなった。
(流石ディノス様。ユースちゃんの扱い心得てるなぁ)
「すまない。取り替えを頼む」
「はい、副船長」
慣れた様子でやり取りが終わるのを静かに見守っていた看護師が、包帯を剥ぎにかかった。
今日は少し強めの風。けれど陽の光も暖かく、寒くはなかった。どこまでも青い空と海の境界線。見えるのは所々白い雲と、カモメ、たまに跳ねる魚。
「……!……ィ!もう!レティッ!」
「!」
大きな声を出され、漸く声の方を向いた。
「何回呼んでも上の空なんだから」
腰に手を当て、僅かに身を屈めながらプンスカとユーシュテが言った。
「ご、ごめんねっ。どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、あんたがシーツを掴んだままだから干せないじゃない」
湿ったシーツを大事に抱きかかえていたことを思い出した。
「服が濡れるわよ。それと、その一枚で最後」
「あ、うん」
ユーシュテが歩いて来て裾の片側を引っ張り、二人で物干し竿に掛けて鋏で留める。
「レティアーナちゃん、今日は何だかぼーっとしてるな」
洗濯当番のクルーに笑われ、少し顔を赤く染める。
「す、すみません……」
「いいよ。謝らなくたってさ。船長の帰りが気になってるんだもんなー?」
「え!?」
「リチャードなら寄り道なんかしないで真っ直ぐ帰ってくるわよ」
「へ?」
クルーに引き続きユーシュテにも言われ、レティはその場にいた面々を順に見る。それが更に可笑しかったようで、声を上げて笑われてしまった。
「顔に書いてある。わかりやすいんだから」
ユーシュテはレティの額を指で少し弾いた。
「そんなに気になるんならね、後で見張り台に連れてってもらったら?あそこなら、ここより遠くまで見えるでしょ」
以前にも連れて行ってもらったことがあった。確かにあの場所なら、リックの姿をより早く見つけ出せるだろう。大きな帆に隠れて、下からでは見えにくいその場所を見上げた。
(だって、リック様が全然いないなんて、ソワソワして落ち着かない……)




