リックの不在
みんなそれぞれ解散し、レティは部屋で少し休んだ後、いつも通り洗濯や掃除を手伝いに外へ出た。
ちょうど山盛り洗濯が運ばれたところで、今日はユーシュテが居なかったが、他の船員と雑談しながら干していった。
お昼を食べ、掃除をして、食堂に顔を出して野菜の皮むきを手伝ったりしていたら、あっという間に時間は夕方になった。
船縁に肘をついて夕陽のゆらゆら揺れる水面を見つめ、鼻歌を口ずさんでいた。風呂上がりらしいユーシュテがそれを聞きつけて、食堂から出てきた。
「レテ……」
話しかけようとして足が止まる。レティの鼻歌が不意に止む。夕陽に包まれてるからか、それとも彼女自身がか。金色に体が包まれる。靡くアプリコットブラウンの髪が、伸び広がる気がした。
ユーシュテの脳裏に、酷く冷たい目をしていた甲冑を身にまとったレティが蘇る。思わず走っていた。後ろから細い体に抱きつく。
「!?」
レティは驚き、振り返る。側に真っ赤な髪が映って、誰だかすぐにわかった。
「ユースちゃん?」
「レティ」
「うん?」
「どこにも行かないで。あんたはここにいて。ここにいていいんだからね」
「うん。ありがと、ユースちゃん」
「絶対だからね。約束よ」
少し変な気配を感じて外に出てきたリックは、甲板でのユーシュテとレティの様子を黙って見つめていた。夕陽に負けないくらいの赤いロングジャケットが、風に揺れていた。
パッカパッカ。ゆっくりした足取りで、馬が道を踏みしめる。手入れされた庭園。季節の花が鮮やかに彩る道。中心には噴水。のどかだ。
腰に回された腕に僅かに力がこもり、愛馬を御していた者が馬を立ち止まらせる。
「大丈夫かい?」
「ええ。立ち止まられるなんてどうかしましたの?」
「いや、怖かったかと思って」
「いえ……。ただ兄様の背中にこうして身を預けるのが、すごく安心するんですの」
背中に寄りかかる少女。彼女がもつウェーブの掛かった艶やかな黒い髪が、風にサラサラと靡く。
「今日のシアは、甘えん坊かな?」
「ですの。久々にまた、アレックス兄様とお会いできたんですもの」
ここはイルマリ国。美麗なる第二王子、アルことアレックスへ会うため、しばしの休暇として、従妹のチェルシアがきていた。
白い毛並みの手入れされた愛馬が、何かに気がついたように空を見上げる。
アルも同じように空を見上げる。緩やかに舞う青空に雲。そこに、一羽の鳥がくるくると飛んでいた。
「あれは……」
声に気がついたチェルシアが目を開け、同じように空を仰ぐ。
「ポストシーガルではありませんの?」
「だね」
白いカモメの足に筒がくくりつけられているので間違いないが、なかなか降りてこない。アレックスは肩をすくめた。
「何やってるんだい。君たちは」
芝生の生えた庭園に背を低くしたり、木の陰に隠れたりして家臣が妙な行動を取っている。
「アレックス殿下、チェルシア王女殿下。お戯れの所、申し訳ございません。見知らぬポストシーガルが怪しげにうろついているため、確保しようとしているのですが」
彼らが手にしているのは、虫取り網を少し長く大きくしたようなものだった。
「俺たちが居なかったら、撃ち墜としでもするつもりだったのかい?」
「あっ、いや、その……」
アルの問いに対し、臣下はしどろもどろになっている。図星だ。




