覚醒の片影9
勢いに任せて追いかけるのはやめ、柔らかな感触だけを楽しんでリックは離れた。藍色の瞳がリックを映す。
「リック様」
「なんだ?」
「その、ディノス様とユリウス様のおケガは……」
「ディノスは火傷していたが、幸い命に別状はない。暫くは安静だと思うがな。ユリウスも同じだ。二人とも医務室に」
「!」
先程から何度も寝ているように言われているのに、つい忘れて起き上がってしまった。 布団についた手にリックの手が重なる。
「気持ちはわかるが、今日はやめておこう。遅い時間だから二人とも寝てる。ディノスがいるし、ユーシュテが側についているさ」
時計を見たら深夜の一時半を過ぎていたところで、レティはまたベッドに体を横たえた。
「そうですね」
猫っ毛のふわふわの髪を撫でながら、リックはレティに尋ねる。
「レティ、不死鳥の船のことはどこまで覚えてる?」
「火の球に閉じ込められて、皆さんがケガをされたあたりまでは……。それから頭痛が酷くなって」
「そうか」
(姿が変わって別人のようになったところは、やはり覚えていないか)
金色の甲冑に金色の光を纏い、神々しい姿をしていながら視線は凍てつくように冷たくオーラは殺気に満ちていた。
リックでさえ、背中に冷や汗を感じるくらいにはまずい相手だと思った。
「私がここに戻ってこれたということは、アダム様をお倒しになられたんですか?」
「いや……。レティが倒れたこともあって、連れて帰った。戦闘はそうだな、保留のままといったところか」
「そうですか」
不安げな表情が緩んだ。元々彼女は争いごとが好きではないことくらい、百も承知だ。
「ホッとしたか?」
「あ……」
アダムはあくまでリックの敵だ。その敵に対して無事だったことを喜ぶなど。レティがバツの悪そうな顔をしたので、リックは笑った。
「大丈夫だ。気にしちゃいない」
レティのことだ。先に酷いことをされていたとしても、連れて行かれた船で優しくされたら水に流して許してしまっているのだろうから。レティの中ではシュカは未だ友達の位置にいるのだろうし、アダムもそういうことだろう。
彼が、レティに向かって攻撃の意思を向けた時の記憶はないのだから。
(レティの記憶は早く取り戻せないにしても、レティ自身のことは早めに分かるように手を打たないとな)
「遅いから今日はもう寝るか」
「はい。おやすみなさい、リック様」
「おやすみ」
リックが部屋の電気を消し、そして体を寄せ合って二人は眠りについた。
翌朝リックと揃って食堂に顔を出したら、そこには既にユリウスがいた。並べられた朝ご飯を、他のクルーに負けないくらい大盛りよそって食べている。
「おはようございます。ユリウス様」
「おはよう。お前はもう調子良いみたいだな」
咀嚼していたものを急いで飲み込んでから、目の前に座ったリックとレティに挨拶を返す。
「おはよー、リック兄、レティ」
元気そうだと言っても、いつも剥き出しになっている腕には包帯が巻かれている。恐らく服で見えない背中も強打していたから何かしら手当があるのだろう。
「本当に傷は痛まないんでしょうか」
「んあー?船医には暴れるなって言われたけどな。まあ海賊やって戦えばこういう傷は日常茶飯事だろ。食って寝てりゃすぐ治る」
「お前らしい考え方だな」




