不死鳥の宝石10
「!」
背中に乗っていたユリウスと、海原を走っていた雪狼が何かに気づいたのかピクリと反応を見せ、そして急に立ち止まった。
「どうした?」
後ろに乗るディノスが問いかける。上空にいるリックも鳳凰の背から下を見た。
「何か見つかったのか?」
「声が……」
ユリウスは目を閉じて集中する。
曲は分からないがリックの船での宴会の時や、死傀儡事件の時にレティがユリウスを呼ぶために歌ったあの曲が微かに聞こえる。
「レティの歌だ!」
リックも耳を澄ませてみる。
「リチャードは聞こえる?」
ユーシュテはリックのポケットから上半身を出し、見上げて尋ねた。
「いや、俺にはまだだな」
「レティに会う前、歌に気がついたのはリチャードだけって聞いたから、耳はいいんでしょうけど……。そのリチャードに聞こえない声が届くってことは、あいつの聴覚はなんなの」
「まあ狼はイヌ科の動物だからな。犬は耳がいいから、雪狼もそうなんだろう。契約して、影響があるんだろうな」
「なるほどね」
「リック兄!飛ばすぞ」
ユリウスが下から声を張り上げた。
「ああ、わかった」
「じゃあ行く……!?」
進もうとして、ユリウスが固まった。顔が驚きに染まる。雪狼もクゥンクゥンと小さく鳴き始めた。
「ユリウス?」
ディノスが声をかける。
「歌が……消えた?何で」
聞き取れるはずのメロディが、不自然な形でプツリと聞こえなくなってしまった。
チャプン。
「……ふぅ」
丸く磨かれた岩の上に腕を乗せ、体勢を崩してレティは息を吐いた。リックの船のように、お湯には入浴剤が入れられているらしい。
ただひとつ違うのは、入り口付近に女官が二人控えていること。
歌を歌い終わり、シュカに連れられてここへ来た。シュカは何やら用事があるようで、女官にレティを任せて一旦離れた。
レティが脱衣所で服に手をかけたらこの女官が近づいてきて、手慣れた動きで脱がせてしまった。
監視ではなく、あくまで世話係ということなのだろうが、どうにも落ち着かない。
そんな時だった。ドアの開く音がしたと思ってそちらに目を向ければ、腰を低くした女官がやはりそうしていて、一人入ってきた。
黒く長い髪を頭の後ろでゆるくまとめ上げ、タオルを前に当てて隠してはいるが、胸も尻も大きく、それなのに腰はくびれてグラマラスな人物だ。つり目気味の目。
「……あ」
「お邪魔致しますわ。ピンクゴールドの姫様」
なんと声をかけたらいいか迷うレティに向かい、軽く膝を曲げて一礼をした。そしてお湯で軽く体を流して湯船に入ってきた。
「――えっ、と。こんばんは」
「こんばんは。私は紅珠とつけられておりますの」
「さっき、赤い服を着ていた……」
アダムの部屋で最初に見たたくさんの女性の中にいた、目立つ真紅の服を着ていた人物だと分かった。
「ええ。わからないのは無理もありませんわ。来たばかりですし、今は衣服も身につけておりませんから」
チャプチャプと音をさせながら歩いてきて、紅珠はレティのすぐそばに腰を下ろした。
「緊張するのは、ここのことをよく知らないからですわ。知れば、きっとそうでもなくなるのです。心配はいりませんの。私たちが教えて差し上げます」
「私……」
歌っている時は集中していてそうでもなかったが、歌わなくなるとやはり。
(リック様たちのこと、考えてしまう)
湯の中でレティが膝を抱えたのを見て、紅珠は手を伸ばした。そしてそっとレティを包み込む。




