ガラスの心11
「レティちゃんは、身を投げ出してまで私を助けてくれた。感謝してる。――でも本当は追われててあそこに居たわけじゃないの」
確かシュカはしつこく追われ、疲れた果てに海岸に居たと話していたはずだ。それが違うとはどう言うことか。
レティには、全く話がわからなかった。
「この船に入れれば良かったの。だから目に付くあの場所に居た」
「どうしてここに来たかったの?」
「それはね……」
シュカは二つに結んでいた髪のゴムを外し、上に投げた。長い髪が靡いて広がる。そして。
パアアッ。両手の端をくっつけ、レティに向けて差し出されたそこには魔法陣があった。彼女の足元にも、同じ模様の青白い光が浮かぶ。
「来たれ!道化師!」
魔法陣の描かれた手から、バサバサと四角い何かが出て上へと上がる。何かのカードのようだ。それがシュカの頭上に集まり、やがて人型を作り始める。
白い顔。ダイヤの形に塗られた目の模様。赤く太い唇に、黄色く丸い鼻。全身ド派手な柄の服。先の尖った平べったい靴。大きなピエロになった。
「シュカちゃん!?」
ガンガンガン!!道化師に気づいた船の上から警鐘が鳴る。
「あたしは契約者。愛しい人のために任務を遂行します。目的は貴女」
余ったカードが雪のように甲板へ降ってくる。足元にそれが落ちてわかった。トランプだ。
驚き固まるレティへ、シュカの指先が向けられる。
「来て。『楽園の女神』。この手を取りなさい」
「わっ、私、楽園の女神様とかそんなんじゃ……」
否定しようとするレティの前でシュカは糸か何かを掴むように指を折り曲げ、自分の方へ引く。
レティの体が何かに引きずられるように前のめりになり、よろめきながら進んだ。
「か、体が!?」
思い通りに動かないことに驚いていると更に腕が勝手に上がり、進んだ先にある道化師の手を掴む。
「ごめんね。レティちゃん」
再びシュカが謝る。目の前にトランプ柄の鎖が降り、その先端にある穴の空いた丸い輪が道化師の仕業により左右に揺れ、振り子になった。
景色が一気に形を歪め、睡魔が襲ってくる。
レティの体が異常に気づいて反応する。華奢な体の輪郭が淡く発光し、金色の波紋がゆっくり通る。
だが二、三度繰り返されたそれは呆気なく弾け、眠気に負けたレティが床に崩れた。
「やっぱ噂はホントかな?見たことない力あるみたい」
シュカは満足げに微笑み、道化師の腕に寄り掛かる。道化師は右腕にシュカを乗せ、反対にレティを抱えた。
「帰ろ」
道化師が大股で甲板を跳ぶように進み、船縁を目指した。
海上を走っていた雪狼は、何かの気配に気づいて急に止まった。
「どうした?」
ユリウスが前のめりになる体を支えるために、白い背中についていた手に力をいれ、それから撫でる。
今進んできた方向を、雪狼が振り返った。クンクンと何かを嗅ぎ取っている。ユリウスは表情を険しくして、そして研ぎ澄まされた感覚で気配を感じ取った。
「誰だ?」
常人には感じ取れないもの。ユリウスと雪狼には遠く離れたリックの船が光り、そして見たことのないシルエットをその目に捉えることができた。
「何だ!あれは!?」
グルルルルル……。雪狼が態勢を低くし、唸り声を上げる。毛が逆立ち、警戒を表す。
「行くぞ!」
即座に方向転換し、リックの船へ戻るために全速力で走った。




