ガラスの心10
「レティの心はガラスみたいだ。今は砕け散りそうな気さえする。辛い場所にあえていることもねぇ。もし本気で逃げたいなら、俺のところに来てもいい」
「ユリウス様……!?」
何だろう。リックといる時のように、でもそれとは違って胸がドキドキする。緊張、焦り、驚き、あと他の何か。
そう言ったものが混じり合って、起きているような音。
「勿論、このまますぐにとは言わねぇ。でも必要なら呼べ。ただ……、離れて後悔するなら来るな」
教えるように、ユリウスはゆっくり言う。
「海賊が自分のところを離れ、他の船に移るっていうのは普通はないことだ。穏和に離れるってことは、滅多に起こらない」
自分の居た場所の情報を持っているのだから、そのまま他のところに移られるのは面倒ごとを引き起こしてしまうことの方が多い。
「それでもレティが来たいなら、受け入れる。勿論リック兄は絶対に追いかけてくる。そうなったら戦うしかない。俺はぶっちゃけリック兄に敵ったことが過去一度もねぇ。けどレティが帰りたくねぇっつーなら、帰さねぇ。俺が戦って守ってやる。但し、後から戻りたくなっても二度と戻ることはできない。わかるな?」
「そんな、お二人が争うなんていけません。見たくないです」
「しょうがねーじゃん。レティにそういう思いを抱かせたんだから。海賊って言っても、中は家族であり家だから。家族は命懸けで守んだよ。そのホームが嫌になるなんて、余程のことだろ」
またユリウスは、レティの頭をわしゃわしゃと撫でた。彼にそれをされるといつも髪が乱れ、後で直さないといけなくなってしまう。
「俺らは自由だ。レティもな。だから、自由に選べばいい。窮屈にしてないで、心を自由にしてやんな」
「……は、はい」
小さな声で返事をした。
「レティが癒されて、俺が振られるってのが一番良い解決の仕方だけどな」
「……」
何と言えば良いのか分からなくて黙っていたら、ユリウスが吹き出すように笑った。
「本当は、リック兄の側でヘラヘラと笑ってれば良いんだよ。レティはボケ女なんだから」
「ひ、酷いです。そのボケって言うの」
困った声で抗議をしたら、ゲラゲラとユリウスがまた笑う。ユリウスは本当に明るい。怒ったり拗ねたり笑ったり。感情に正直で、それを押し留めたりしないのだろう。
そこが人を、彼自身を明るくするのだろうと思った。
「さ。今日は一旦帰るか」
「あ、はい」
レティとユリウスは座り直し、態勢を整えたところで雪狼が立ち上がった。氷の足場から海にジャンプしてまた走り、リックの船へと向かった。
雪狼が甲板に着地し、ユリウスに手伝われてレティは降りた。彼がまた相棒に乗り、手を差し出したのでレティは握手をした。
「心配すんな。また来る」
「はい」
「雪狼のお陰か、俺は耳がやたら良い。そこだけはリック兄に勝てるな。だから必要なら呼べ。声が聞こえたら駆けつけてやるから」
そう言って、手が離れた。雪狼はジャンプして海に降りた。
レティは船縁に寄り、身を乗り出す。
「ユリウス様っ!ありがとうございました!」
後ろ姿に手だけが上がり、彼らは闇に紛れて行った。
不意に強く吹いた風に髪を押さえた時、声がかかった。
「レティちゃん」
それが誰なのか見なくてもわかるが、体をそちらに向けた。船内の入り口近くに積み上げられた木箱に、シュカが腰を下ろしていた。
「お帰りなさい」
上から照らされる淡い橙の光にも煌き、彼女の銀の長い髪が風に揺れる。シュカは降り、レティの前に来る。
「さっきはごめんね。レティちゃん。私、レティちゃんに黙ってたことがある」
「それは、リック様の」
シュカは頭を振る。




