ガラスの心7
「俺の命か?それとも」
「さーあ?何でしょうねぇ?」
肩を竦めて目を細め、シュカは意地悪に答えた。そして腕を軽く振ってリックの手を払う。
「聞きたければ、私から聞き出して下さいな。もっとも、それが出来ればの話ですけど?」
指先だけでなく、足の先に至るまで徐々に軽い痺れが襲っているようだ。
「どうなさるの?船長さん?」
指先を揃え、リックの顎にそれが添えられる。挑発的な笑みは美しさも含み、自分が優勢なことをわかっている彼女は、リックの膝に自分の膝を乗せて来た。
シュカの腕がリックの首に絡む。そして片側に体重をかければ、体がその通りに傾いてソファに横倒しになった。
上に跨られて見下ろされるという屈辱的な体勢だと言うのに、リックは顔色を変えない。
「そんな生温い脅しや誘いで、俺が揺れると思ったか?」
静かに佇む狼のような視線が、シュカに向く。
「思わないわ。だけど、あの子はどうでしょうね?」
勝ち誇ったような声が聞こえた時、階段を降りる小さな足音が聞こえた。
(しまった!)
流石に目に焦りが出る。
リックはソファに肘をついて体を起こそうとし、シュカは抱きつくように体をくっつけた。
コンコン、カチャ……。控えめなノックと共に華奢な少女が入ってくる。
「リッ……」
ドアからよく見えるソファの様子。藍色の瞳が大きく見開かれ、体が固まったのが分かった。
レティの心が暴れ、眩暈すらして嫌な感じに締め付けられる。
少し外して帰ってきたら、一番大好きな人が他の――いや、友達の女の子と抱き合っていたのだから。
それが、今まで受けてきた誰かからのどんな仕打ちよりも、一番辛くて痛くて悲しいことだと知った。
「レ、ティ……」
シュカを振り払いたいのに、体が機敏に動かず重い。痺れは酷くなる一方で、呻くような声で名を呼ぶのが精一杯だった。
大好きな声。だけど。
(その声で、シュカちゃんのことも呼んだんですか?抱きしめたんですか?優しくしたんですか?)
「レティちゃん、違うの!聞いて!」
リックから少し離れ、シュカが焦ったような声を出す。
レティは聞きたくないとばかりに、頭を振った。
「――ごめんなさい!」
くるりと背を向けて、レティは走って出て行ってしまった。
「待って、レティちゃん!」
漸くシュカがリックから降り、ドアまで駆ける。そして出て行く前に、チラリとリックを見た。
「残念でした。暫くそこで大人しくしててねー」
クスッと笑い、シュカは部屋から出てレティを追いかけて行った。
「――くそッ」
悪態が口を突く。今すぐ追いかけて抱きしめて誤解を解くのは自分でありたいのに。
シュカが呼び止めた気もするけど、気持ちが動転しすぎて上手く反応できなかった。
通路を走るレティを、通りすがるクルーたちが驚いた顔で避けて行く。
頬は心に呼応した涙で湿っていて、手で拭いながら甲板へ出た。
「――っく、ひっ……。ふ」
嗚咽しながら泣くのは久し振りだ。この船に来ても泣くことは多々あったが、それでもここまで苦しい涙を短期間に何度も感じることは今まで無かった。
夜風に当たって心を落ち着かせようとするが、上手くいかない。
それどころか、過呼吸のような息の吸い込む音になってしまう。




