やきもち12
「レティ!」
カップの液体に揺らぐ自分を見つめていたら、大好きな声が自分を呼ぶ。顔を上げれば、入り口にリックが戻ってきていた。
彼がレティを手招きし、中身を飲み干して立ち上がる。
「そのまま行っていい。片付けは俺がしておこう」
ディノスも立ち上がり、レティのカップとティーポットを引き寄せて自分の側に集めた。
「ありがとうございます。ディノス様」
お礼を言ってリックの側に駆け寄ると、すぐに手を繋いでくれる。彼の手に乗っていたユーシュテはテーブルに跳び降り、ちょこまかと走ってディノスの所へ戻って行った。
「ユースちゃんとお話しですか?」
「俺が側にいられないときに、レティのことを見守ってもらうようにな。頼んだ」
「ありがとうございます」
「ユーシュテはああ見えて、面倒見はいい。小言を言いながらも、体が手助けしてしまうタイプだな」
「確かに……」
レティもユーシュテから色々言われながら、でもいつも助けてもらっていた。
「そんなユースちゃんが大好きです」
優しい顔で言うレティを見て、リックも心和ませた。
「大好きなのはユーシュテだけか?」
「いいえ。ディノス様もジャン様も、この船の皆さんも。外で出会った人たちも大好きです」
レティの歩みが止まり、リックもそれに合わせた。藍色の瞳が上を向く。
「リック様は大大大好きです。あっ、ジョアンおじ様も」
「そうか」
ニコッとレティが笑った。
(笑顔が少し戻ったな)
リックが指先で頬をくすぐり、それからまた二人で歩く。彼の部屋に戻り、ソファに腰を下ろす。
「おいで」
リックが両手をレティに向け、その手を取って隣に腰を下ろした。細い肩を抱き寄せ、そのま自分の膝に導く。アプリコットブラウンの髪がふわりと広がる。その柔らかい髪を手櫛で梳きながら、ふと尋ねた。
「レティ。昔の話を聞いてもいいか?」
「昔ですか?ジョアンおじ様と暮らしていた頃のお話ですか?」
「もっと前だ。もっともっと昔の。レティが歌を覚えた……つまり、両親と暮らしていた頃のことを」
当然、レティの瞳が戸惑いを映す。
「私、その……。あまり覚えていなくて。ジョアンおじ様と暮らす前のこと」
「ああ、知ってる。思い出したくないことがあって、無意識に記憶を留めてるんだろう。そう言うのは思い出さなくていい。けど、両親のことはどうだ?レティの夢、覚えてるか?」
「もし見つかるなら、お父さんとお母さんの住んでた所に行きたいです」
「そう。だからこの船に誘う理由の一つになった。もし、覚えてることがあるなら些細なことでもいい。見つかるヒントになるかもしれない」
「はい」
(リック様。一番最初に話したこと、覚えていてくださったんだ)
彼の温かさと律儀さに、心がジーンと響いた。
「目を閉じて想像したら、何か気づくかもしれない。家で聞いていたピアノの音色、覚えてるか?」
リックの膝に頭を乗せ、仰向けになってお腹で手を組んだ。そして目を閉じる。
瞼の裏で一番に蘇るのは、ピアノの音色だった。いつまでも耳に残る……。
オルゴールのように、ゆったりポロンポロンと奏でられる音色。
それとは別に、何かの音が聞こえてくる。淡い光も。
(風とそれに揺れる木の音……?淡い光はレースのカーテンの隙間から?)
朧げな映像が断片的に出てきた。
(この感覚、心地良い)
段々とピアノの音に近づいて行く。そして音色は片手のメロディだけになり、代わりに頭を誰かが撫でてくれる。
(お母さん?)
レティの体から余分な力が抜け、肩を軽く叩きながら様子を見守った。
「……寝たのか。まあ最初はこんなもんか」
脱力した笑いを浮かべ、膝から下ろしてレティを寝かせる。ジャケットを脱いで体にかけてやり、自分は読みかけの本を向かいのソファで読むことにした。




