情熱と切なさ、不安とそれから……。4
「何かあるなら言ってくれていいぞ。レティは、もう少しわがままになって丁度いいくらいだと思う」
「私、今で充分すぎるくらいです。リック様のお側にいられて、自由に行動したり歌わせて頂いたり、時には助けてもらったりもして。この船と皆さんが好きです」
やっと、レティが自分からリックの目を見た。
「そしてリック様が大好きなんです。そんな私がこれ以上何かを望むなんて……。幸せすぎて」
(うっ……)
ゆっくり瞬きしながら頬を染めたレティは、普段の子どものような表情を消していて。小さな口から切なげに漏れる吐息も、リックの心を鷲掴みにして揺さぶってくる。
今すぐ抱きしめたい。キスして触ってその心の奥をぐちゃぐちゃに乱し、翻弄させたい。
きっと困って追い詰められて、その時縋るようにリックの名前だけを呼ぶだろう。リックのことだけを考えるだろう。
その瞬間、レティの全てがリックのものになる。
リックの目つきが変わっていく。
ジョアンの酒場から彼を追いかけ、そして初めてその姿を見たあの時のように。
妖しく美しい、けれど何処か危険を孕んでいる。そんなグレー、狼の光。
リックがレティの手を持ち上げ、指先に口付ける。
「レティ、今から俺の部屋に来ないか?」
「!」
「良いだろう?」
いつも優しさがあって、今だってきちんと断る選択肢をくれている。それなのに、何故か答えは一つしかないような気持ちになってしまうのはどうしてだろう?
固まってしまっているレティの髪に少し手を入れた。そして耳に唇を近づけた。
「今すぐ、レティが欲しい」
「……っ!」
(ドキドキして体が弾けそう……!)
返事をする代わり、レティはリックの肩に腕を伸ばして抱きついた。背伸びでは足りず、ほぼ爪先立ちになってしまっている。リックは薄く笑い、レティを片手で軽々と抱えた。床に落としたままの彼女のポーチを拾う。
寄せ合った体から振動が伝わる。
「レティの胸の音、走った後みたいに速いな」
「だ、……って、はち切れそうで。……まのせいで」
「何だって?」
「リック様の、せいです……っ!」
「もっと速く強くなるからな。覚悟しとけよ」
耳まで真っ赤になってしまい、リックの服を握りしめてレティの体が固くなった。
「い、意地悪……っ」
どうしようもなくなった時、彼女は困った子犬のような声を上げる。今もそれが聞こえた。落し物をレティに返し、書庫を出て自室に向かった。
「拒否するなら今のうちだ。俺が部屋に着くまでに、振り切って逃げ出せ」
(そんな……)
「……できません」
「何で?」
「わかりません。も、聞かないで下さい……」
ああ、愛しいと思う。溶け出した雪水のように、彼女と混じり合って二人でずっと一つになれたなら。
そんなことを考えながら、リックはゆっくりした足取りで自分の部屋に向かって歩いた。
リックの部屋に続く手前の階段で一度足を止め、レティに尋ねる。
「もう着くぞ?いいのか?」
レティがもぞもぞと動き、額を広い肩に埋めた。
「リック様から離れるなんて、……できません。そんなこと、言わないでください」
「分かった。もう言わない」
頭を撫でた後に階段を降り、ドアを開けて中に入る。
レティが持っていたポーチはソファの前のテーブルへ置き、それからベッドに向かった。
カバーを変えられたばかりのベッドの上へ、レティの小さな靴を脱がせて寝かせた。目を合わせるのが恥ずかしいらしく、華奢な体がころりんと横に向いた。シーツを掴んで深く息を吸い込む。その様子を眺め、リックは端に腰を下ろして髪や背中を撫でた。
「お日様と風の匂いがします。リック様の匂い。これが好きです」
緊張が取れてきた様子。ニコリと笑い、レティが言いながら足をパタパタさせた。




