海に旅立ちの歌が響く5
翌朝。レティが目覚めた時、カウンターの棚にジョアンが酒を補充しているところだった。
「あ……。おはようございます」
「ああ、起きたね。おはよう、レティ。二日酔いしてないかい?」
「大丈夫です……」
娘が店内をキョロキョロと見ていて、ジョアンは教えてやった。
「リックさんなら用事で出てるよ。また戻ってくる」
「何で……?」
何でもなにも、あれほど分りやすい行動があるだろうか?そんなところも愛娘の愛すべきところだ。
ジョアンは優しく笑う。
「それは俺がレティの親だからだよ」
「そうでしたね。おじ様、私も一度、着替えに戻りますね」
「ああ、行っておいで」
レティは家に戻ってシャワーを浴びた。
ドライヤーで髪を乾かし、それか生乾き程度になったところで一度スイッチを切ったら、急に部屋のドアが開いた。
激しく驚いて振り返ったら、部屋の入り口にリックの姿があった。
「どうして……!?」
「ベルがないのでノックをしたが気づかないようなのでな。ドアが開いてたので入らせてもらった」
「あ、気づかなくてごめんなさい」
レティは立ち上がり、ドライヤーのコードを纏めた。
「鍵を開け放しておくなんて、いくらここが街から離れていると言っても不用心だぞ」
「いつもはしっかりかけてるんですよ」
そう言って、リックに向き直る。彼はベッドに置いてあるものを目にして表情を緩めた。
「準備まで済ませてたか。なら答えは聞くまでもないな」
リックは小さな鞄を取り上げた。ところが、レティはリックの腕を両手で掴んで引っ張る。
「お待ちください。それが、あの……おじ様にはまだ話してなくて……」
「……」
リックはレティの方へ身を屈めた。指で少し湿り気の残る髪を少し手に取る。
「いつもより一層香りがいいな。風呂上がりか……」
耳元での低い声に、レティはどぎまぎしてしまう。赤くなっていたら、不意に足が床から離れた。
「きゃっ!リック様!?」
空いた方の手で、レティを肩に担ぎ上げたのだった。
「行くと決めたんだろう?俺もだ。連れていくと決めたからな」
「だけど、あのっ……」
ここまで来て、まだレティはごにょごにょと言っている。
女のこういうところはわからないと思う。リックは構わず部屋や玄関のドアを足で開け、勝手に進む。
「私、まともに……外に出たこともなくて」
「うん」
「出来ることも身の回りのことで……限られてて」
「そうか」
「だから、もしかしたらご迷惑を……」
意外とリックの足は速かったようだ。
今までレティの歩みに合わせてくれていたから、気づかなかっただけだろう。もう街の入り口に来ていた。
「レティ。一つ言うが、俺はこれだと決めたものは、手段を問わずに必ず手にする。レティもそうだ。だから、今更手放せというのも無理な話なんだがな」
「だけど、リック様は答えを待つとおっしゃられました!」
「女は色々荷物が多いから、いきなり連れていったら困るだろう。海の上じゃ調達が直ぐに出来ないしな……。どちらにしても連れていったさ」
「そんなぁー。リック様はずるいですぅー」
顔は見えないが、恐らく彼女が酷く困った顔をしているだろうと思ったら、いたずら心が芽を出して愉快になってしまったのは内緒だ。
街を横切り、此方を見る人の視線も全て無視して海岸まで来た。




