嵐が去ってまた6
「カナラス様、皆様、如何ですか?」
「……折角だから、頂きましょう」
カナラスは体を起こし、林檎を手に取った。
「楽しむことは罪じゃない……か」
呟いて一口噛む。甘酸っぱい味と香りが広がった。カナラスの口から、無意識に溜め息が漏れた。
(美味しい。そんな感情すら、ずっと忘れていた気がする)
「そのお兄さんは、うんとうんと歳を取ってそれから妹さんにお会いになる時に、お土産話を沢山持っていかないとですね」
「今度夢でその兄に会ったら、そう伝えておきます。金色の乙女、貴女がそう言っていたと」
「はい。是非」
笑うレティの横顔を見て、愛おしく感じたリックが左手で林檎を食べながら横に立ち、空いた手で髪を撫でた。レティが見上げ、藍色の瞳にリックが映る。そして嬉しそうにまた笑った。
「この林檎、とても美味しいですわ」
「でもその後にオレンジ食べたらちょっと酸っぱいよ、シア」
いち早くオレンジに手をつけたアルが、強く感じた酸味に顔を少し顰めていた。チェルシアが頬に片手を当て、しまったという仕草をした。
「あ、そうですわね。順番を逆にした方が良かったかしら?」
「かもな。でも今更だね」
全員が笑い出し、病室に明るい空気が流れた。
賑やかな雰囲気がひと段落した頃、レティ達は病室を後にした。
カナラスはケガで入院して、安静を言い渡されている。入る前にも用件は手短に済ませるように言われていたし、これ以上カナラスに負担をかけるようなこともできなかったからだ。
「ではカナラス様、お大事になさってくださいね」
「はい」
真顔に戻ってしまったカナラスに対し、レティはにっこりと微笑んで最後に戸口で待つリックとアルの元へ行こうとした。カナラスは迷い、布団を握った。そして口を開く。
「金色の乙女」
「はい」
足を止めてレティが振り返る。何かを言おうとして躊躇っているのを、急かさずに両手を揃えて待っている。
「その、――ありがとう」
藍色の瞳が見開かれ、そして嬉しそうに煌めいた。
「はいっ」
大きく頷きながらにこっと笑って、そして出て行った。
「リック様、アル様。お待たせしましたっ」
「良かったな、レティ」
「はい」
リックがレティの手を取ったら、反対側をアルも同じように繋いだ。
「レティアーナはやっぱり温かいよ」
「手、暑いですか?」
「えー、そういう解釈になっちゃう?違うでしょー」
「違うんですか?」
両側から面白そうにクスクスと笑われて、レティは二人を交互に見ながら首を傾げて歩いた。
外に出た時、今まで気持ち離れたところから見守っていたサルディが近くに来た。
「アレックス殿下」
節くれだった両手で丁寧に封筒を差し出す。
「つい今しがた、ポストシーガルが来ましたの。兄様宛の文のようですわ」
チェルシアが、自分の肩に留まった人馴れしているカモメを撫でる。
そのカモメの足首に、紋章が刺繍されたバンドが付いている。
レティから手を離し、アルは白い封筒を受け取った。開けて中身を取り出す。サルディは後ろに数歩下がった。




