嵐が去ってまた5
暫くして、アルが大きめの白い平皿と果物ナイフを持って戻ってきた。
「ありがとうございます。アル様」
レティはそれを受け取り、ベッドに設置した簡易テーブルに置いた。それから、ディノスが持ってきた全員分の椅子の一つに腰を下ろした。
ナイフカバーを外し、林檎を八等分すると甘酸っぱい香りがふんわり広がる。
それから皮を剥こうと一つを取ったら、ユーシュテが肩から覗き込む。
「うさぎにするの?」
「うさぎがいい?ユースちゃん」
「うーうん。食べられるなら何でもいいー」
「ユースちゃんらしいね」
レティは笑って普通に皮を剥き、皿に盛っていく。その様子を見ながら、カナラスは口を開いた。
「夢を……見ていたんです」
「はい」
相変わらず中心の種の部分への切り込みと皮むきを続けながら、レティは返事だけを返した。
「ただの夢です。ある場所に住む少年の」
「はい」
「そこはある時、嵐からの大雨で水害に見舞われたんです。その少年には少し年の離れた妹がいて、とても可愛がっていたんですが……。その災害で土砂崩れに巻き込まれ、何とか助け出したは良いものの、状態はかなり危険でした」
ここで言葉を切り、割れた眼鏡のまま外を見た。太陽に照らされて青々と茂る大木が見えていて、葉が風に煽られて僅かに揺れている。
その様子を見ながら何度か空気を飲み込み、再びカナラスは話し始めた。
「病院に連れて行ったのは良かったけど、小さな病院には自家発電の機能もなく、勿論そこら一帯の電気は止まっていました。田舎の小さな村でしたから。それで妹を処置することができなくて、……その日を境に、二人は永遠の別れになってしまいました」
「……!」
林檎を剥き終わり、オレンジを切って食べやすいように、実と皮の間にナイフを入れていたレティの手が止まった。
「兄は理系の勉強が得意で、小さな実験をしては妹を喜ばせていたんです。だけど、多少の実験が出来たとしても、妹を救えることさえできなかったことをずっと、この先悔いることになります。過去を思い出しては、あの時どうそればよかったのかとループするんです」
「だから、尽きない発電の力を研究されていたんですね」
「何を言ってるんですか?夢の話ですよ」
「……はい。そうでしたね」
レティはそれ以上言わず、頷いてまた手を動かし始めた。
「もう二度と、その妹のような人を出したくないと思い……、そしてその悪夢から逃れるために、研究に没頭してしまった。結果は思うようについて来ず、求める成果を追い求めて泥沼のように」
いつか善悪も、自分の気持ちすら麻痺させてしまって、でもそれすらに気づかないほど。
「それはお辛い夢でしたね。けどその妹さんは、大好きなお兄さんを責めてなんかいないはずだと思うので……。今自分の代わりにお兄さんの側に居て、一緒に目的を目指す素敵な仲間の方と、自分の分まで楽しんで生きて欲しい。そう思っているんじゃないでしょうか」
オレンジを全て切りこみ終わった。林檎の白い実の隣に最後の一つを置いた。
「一人生き残ったことも楽しむことも、決して罪なんかじゃないんです。悪かったのは運で、お兄さんのせいではないんですよ。夢から覚めたから、もう大丈夫です」
フルーツでべたついた手をハンカチで拭いていたら、ディノスが自分のを濡らしてきてレティに差し出してくれた。
「レティアーナ」
「ありがとうございます、ディノス様」
それで手をスッキリさせ、そして皿を持ち上げた。僅かに首を傾げて淡く微笑む。




