嵐が去ってまた
事態が収束し、リック達はレティを連れて船に戻った。
アルが王宮でレティとユーシュテを宮廷医に診せることを提案したが、立場が立場なのでディノスがやんわりと丁重に断った。
「大丈夫ですよ」
船医に見てもらったところ、そう言われた。二人とも疲れと少しの衰弱が見られるが、睡眠と休息を取れば問題ないとのこと。
普通の生活を取り戻したばかりのレティに、予想以上の負担をかけたことを案じていたリックは、安堵の息を吐かずにいられなかった。
ユーシュテは少しの睡眠不足と疲労だったが、本人が食べれば治ると言っていた。空腹を抱えていたこともあり、ディノスが食堂へ連れて行った。
リックはレティを自室である船長室に連れてきて、ベッドに寝かせた。
寝返りすら打たず、静かにレティは寝息を立てていた。リックも椅子を持ってきて本を読んでいたら、レティが小さな声を出した。
「……う、ん」
「!」
起きたのかと思って見てみるが、その気配はない。
「リック……様」
(レティ……!)
リックの夢を見ているのか、眠っていても名前を呼んでくる。
どうしようもなく愛おしくなって、起こさないようにそっと頭を撫でた。
そして屈み込み、そっと軽く触れるだけの口づけを一度落とした。
前髪から手を滑らせて頭を撫でる。
(何度奪われても必ず取り返す。誰にも渡さない)
「愛してる」
唇を離し、眠るレティに囁きかける。
そうして何時間かが経ち、気配に気づいて顔を上げたらディノスとユーシュテが控えめなノックと共に入ってきた。
リックは本を閉じ、ベッドの端に置いた。
「様子はどうだ、リック?」
「レティはまだ寝てるの?」
「まったく動かない。余程眠りが深いらしい」
声を潜めて聞いてきた二人に、状況を説明する。
「本当にレティが――あいつが言っていた通り、その……楽園の女神だと思う?」
リックの隣に立って膝に手をつき、レティの顔を覗き込みながらユーシュテが問う。
「どうだかな。レティは違うと言ってる。ただ、二人は知ってるように、レティには過去の記憶が欠落してる。一部が戻りかけているとはいえ、そこに何があるかは分からん。今のところは何とも言えないな」
「そうよね。でも、もしそうだとしたらどうなるのかしら」
「周囲に知れ渡れば、今まで以上に狙われることになる。その可能性があるというだけで。何物にも勝る宝だと思われるだろう」
「少々、レティアーナに窮屈な思いをさせるかもしれんな」
「ああ……」
ディノスの言葉に、リックは浅く頷いた。
狙われる機会が増えるということは、自由に行動できる機会も減るということだ。いつも誰かの目に止まっていなければ、その身に危険が迫ってしまう。
(自由にさせたくて、あの島から連れ出したんだが……)
「普段から聞き分けがいい分、ストレスが気がかりだな、リック」
「まったくだ。あの科学者の仮説が、誰にも知られてないことを祈るしかないな」
リックがレティの頬に手の甲をそっと当てた時、細く長い睫毛が震えた。
スローな動きで藍色の瞳が姿を見せる。瞬きを繰り返し、そして手でむにむにと目を擦る。
「リック様。ディノス様、ユースちゃんも。お揃いでどうされたんですか?」
「レティの様子を見に来たのよ」
ユーシュテが腰を屈め、レティに言った。
「そうなの?」
「気分はどうだ?」
「あっ、はい。寝てスッキリしました」
リックに答え、レティは寝たまま腕を頭の上へ上げて伸びをした。
「リック様、ずっとお側にいて下さったんですね。寝ててもわかりました。安心できてたから。助けに来て頂いたことも含めて、ありがとうございます」
「いや、いいんだ。俺がそうしたくてしていることだ。いつだって」
「はい」
優しい言葉を聞いて、レティがにこっと笑った。




