悪魔に憑かれた王子10
「貴女の理想のように、誰も彼もが同情すべきところを持ち合わせているなんて……思わないことです。私の研究は、自己の欲を満たすためのものだと話したでしょう」
「そんなことないです!」
大きな声が聞こえ、全員が後ろを振り返った。ケガした頬をハンカチで、袖が破れた腕の出血を片方の手で押さえた女性研究員が立っていた。
彼女はゆっくりと歩き、ペタリとレティの隣に座り込んだ。
「私にも事情は良く分からないけれど、所長は何かを背負っています。そしてそれを隠しています」
「違いますよ」
「違わないです。素直になって下さい、所長。覚えておられないかもしれませんが、酒場で仲間と飲んでいた日、珍しく酔い潰れられて寝ていた時、寝言を仰いました。『メニィ』と……。そう言った後に、『ごめん』と謝られていました」
「聞き違いでしょう」
「どうして……」
話してくれないのかと言う前に、カナラスは地面についた彼女の手へ自分の指先をぎこちなく動かし、くっつけた。
「いいんです。聞き違いでいいんです……。そうしておいてください」
それを聞いた女性研究員の頬に、一筋涙が流れた。
レティとリックは顔を見合わせた。
「カナラス様。お話になりたくなければ、無理にお伺いは致しません」
レティの手が、カナラスと女性研究員の触れ合う手の上にそっと重なる。
「だけど、気付いて思い出して下さい。カナラス様をお慕いして、その能力に尊敬を抱いて集まってくれる方々がいらっしゃることに」
いつの間にか、自分の周りには共に仕事をしてきた部下が集まっている。
皆ではない。彼らをいらぬ存在として捨て置こうとしたのだから。
だが、それでも自分を追いかけてくれる仲間もいる。信じて。
「誰を追いかけているか、分かってるんですか?私は、悪者ですよ」
「所長を止めることができなかった自分たちも同罪です。一緒にやり直しましょう」
「そうです。所長!」
研究員たちが膝をつき、口々に語りかけてくる。
カナラスは、彼らの上にある青空を仰ぎ見た。
「困りますよ。雨が降ってきたじゃないですか」
埃に汚れた頬を涙が通り、少し洗い流して行く。
レティはカナラスの手を、自分の手に上向きになるように乗せた。そしてもう片方で女性研究員の手を取り、カナラスのものに重ねた。
そうしてまた一人、一人と手を取って合わせて行く。
「誰かが一緒にいてくれるなら、その繋がりが勇気となって、きっといい方向に進めるはずです。だから、どうか側にいる方達を信じてください。一人では成し得なかった研究も、もしかしたら、次は何かがいい方向に見つかるかもしれません」
レティはリックと顔を見合わせてにっこりと笑い、そして目を閉じた。
体が淡く金色に光り、そしてその金の光が粉のように散って降り注いだ。
「まあ、綺麗ですこと」
チェルシアは驚きながらも、両手を揃えてその光を掬うように出した。
「金色の乙女……。貴女は甘い。あれほど酷い目に遭っておきながら、許すなど。だけど暖かくてとても……心地いい」
キラキラと舞う光はいつしか消え、そしてレティは目を開けることはなく、そのまま座って眠りに入っていた。
リックがそっと抱き上げたレティを見て、アルが髪を撫でる。
「レティアーナは、例えるならまるで光だ。どんな辛いことを経験していても、優しさを失わない」
「それはレティがきっと、『愛』そのものだからだ」
自分の腕の中で疲れて寝息を立てる愛おしい存在を抱きしめ、リックは言って前髪に唇をそっと寄せた。




