悪魔に憑かれた王子9
「レティが……?」
リックは、目の前で金色のオーラに包まれる存在を見た。
「楽園の女神って、レティアーナが?」
楽園の女神の話自体は知っているらしいアルも、固まっている。
「先程教えたでしょう?世界の始まりに、彼女と同じ力の痕跡があったことを。世界を生み出し、変える力。金色の姿も全て記述通り。疑う余地などない」
ゼイゼイと息をしながら、カナラスは言った。
リックは思い返す。女神だと指摘されたのは今回が初めてではない。
激闘の相手になったウィルギルも言っていた。
『光の楽園に導く女神――それは金の翼、金のオーラを放つ女。金色に神々しく輝き、彼女が認めた者を楽園へと導くと……。あの女はその容姿に近い』
すると、レティがふわりと笑った。
「違いますよ、リック様。だって、私、女神様のこともお話も知らなかったんですよ?」
「……そう、だな」
判断がつかずに、曖昧な返事になってしまった。
「それよりも、今は皆さんをお助けしましょう」
藍色の瞳は再び閉じられ、光の粒は八方に散って行った。
光の粒が当たって弾け、その人は透明金の球体に包まれる。落下速度は遅くなり、崩れた塔の破片は弾かれた。
(そうだ。今は余計なことを考える暇はない)
リックは思い直した。
「鳳凰!」
キィイイイ!鳴き声を響かせて、鳳凰が飛んできた。リック達三人を拾い、そして分身が広がる。小さいけれど人を載せるには丁度いい大きさの分身は、レティが落下速度を抑えている全員を拾った。
最後に光の粒がカナラスにも弾けた。
「レティ……?」
自分を苦しめた相手を助けるとは。レティはまたにっこりとした。
「カナラス様を必要としておられる方がまだいらっしゃいますし、やり直すのに遅くはありません。リック様、助けてあげてください」
「ああ。わかった。レティが許すなら、そうしよう」
リックは手をカナラスのいる方向へ向け、鳳凰の分身が倒れている彼を拾った。
塔が崩れ、緑の丘に沈んでいく。その周りで金色の球体を乗せた鳳凰が次々と地面に舞い降り、背中に乗った人々を下ろし、リックのところにいる本体へ戻って行った。
海蛇は既に地上へ降り、とぐろを巻いて静かに様子を見守っている。
リックとアルから肩と背中に手を回され、レティは最後に降りた。
「あ……っ」
鳳凰から降りた途端に緊張が取れ、羽根とオーラは妖精の粉のような光になって弾けて消えた。同時に疲れが襲ってきて、ふらついてしまう。
アルが驚いた。
「レティアーナ!?」
リックがすぐに気がついて、腕を掴んでくれた。
「レティ」
「すみません……。でも、まだここで終われないです。私は」
「分かってる。行こう」
レティの体はリックの腕に抱え上げられた。
アルがその後を歩き、サルディとチェルシア、ディノスとユーシュテも自然とついてくる。
研究員や幽閉されていた娘、兵士同士が安否を確認しあっている中を通る。
一部が裂けてボロボロになり、汚れた白衣を纏ったカナラスが倒れていた。
リックは側まで歩き、膝をついてレティを下ろした。
「カナラス様、大丈夫ですか?」
細い指が労わるように、カナラスの頬に触れる。そしてヒビが入って使い物にならなくなった眼鏡をそっと外した。
「何故……、私を構うんです?自分がどういう目に遭わされたか忘れてないだろうに」
「私はカナラス様のことを何も知りません。そんな私が、どうしてこうなってしまったのかを何の事情も聞かずに一方的に責められません。カナラス様は自分の興味を満たすためだと仰りながら、どこか苦しげでもあったように今なら思うから」
覗き込むように見る藍色の瞳は天然石のような優しいもので、いたたまれなくなったカナラスは視線を反らした。




