悪魔に憑かれた王子4
呼吸の音が聞き取れるほど、近くにいたレティとアル。
抵抗できないように手を頭の上に引っ張り、細い首元に額をつけたアルの低い声が囁く。
「君は傷つけないよ、レティアーナ」
「分かってます!」
眉を下げてレティは答えた。
アルはイルマリ国で会った時から、例えレティの気持ちが彼に向かなくても、ずっと優しくしてくれていた。
「どうしてこんなことをなさるんですか?」
「敵の狙いが何だか分かるかい?」
「……」
「レティアーナを連れ戻しに来た、俺たちの連携を揺さぶることさ。精神的に崩す。お互いに揺らいで信用できなくなったまま、強く戦うことはできない。冷静さも欠くし」
アルは顔を上げ、レティの頬に手を当てた。
「だから、俺に君を襲わせようとした。腹が立つと思わないかい?だったら、それを逆手に利用してやろうかなって考えたんだよ。君に手をつけると見せかけて、その隙に裏をかいてやろうとね。全く嫌らしい敵だよ」
「でもそれでは、アル様がリック様から誤解されてしまいます!そんなのいけません」
「いいんだよ。そんなのは。彼なら事情を話せば分かってくれる。バカな男じゃないしね」
レティの鎖が更に上へ引っ張られた。一瞬、何かが焼けるようなジュッという音がして、そして手首の繋がりは断たれた。
足首を繋ぐ鎖も、同じような音をさせて断ち切った。
「話は後にしよう。リックの援護に行かないと。さ、今のうちに」
アルがレティを抱き起こし、そのまま抱えた。
「掴まってて」
「あ、は、はい!」
「どう?こうしてたら少しは王子らしく見える?」
いつも明るいアル。そんな彼の笑顔がとても可愛らしく見えて、レティは微笑んだ。
「そうですね。アル様は王子様でいらしたのでしたね」
「ええー!レティアーナってば、また忘れてたのかー」
「ごめんなさい」
レティの中のアルは、いつだって街のカフェで初めて出会った時の『少し変わった男の人』のままだから。
「リックのところに戻ってから、枷はきちんと外すから」
「はい」
アルの肩に手を添えたレティが、水槽に目を移す。気づいた彼が気持ちを読み取ってくれた。
「彼女たちは、また後で助けにこよう」
レティは頷いて上を向いた。
「皆様、もう少しお待ちください。後で必ず戻ります」
水槽の中の女性が、レティだけに聞こえる声で答えた。
『待ってます……。必ず来て』
二人は外に出て、崩した外壁からこちらを見守っていた海蛇にまずレティを乗せ、その後アルが飛び乗った。
「あの時の海蛇さんですね?」
「そうだよ」
「宜しくお願いします」
レティが声をかけたら、海蛇がシューシューと特徴のある声で答えた。
「もう一度上へ頼むよ」
海蛇に支持を出した後、アルはスピーカーに向かって話した。
「レティアーナを連れて戻るよ」
『了解』
リックが短く答えた。レティは上を見て、そして下を見たら想像以上の高さがあることに気がつき、息をのんだ。
「あ、アル様っ、結構高さがありますね……」
「うん。だから下を見ないで」
クスッとアルは笑って後ろからレティを抱き、頭を自分に寄せて目を隠した。
「落としたりしないから、大丈夫だよ」
「はい……」
壁伝いにゆっくり蛇が上へ登る。
怖いのか体を寄せてくるレティが可愛くて、アルの口元が緩む。
(本当にリックが羨ましいよ。……無事に保護したんだし、これくらいなら許されるかな)
「レティアーナは可愛いよ。ずっと俺が守っていられればいいのに」
一瞬だけ強く抱きしめ、そして柔らかな髪に口づけを落とした。気づいたレティが目を開けて、アルを見上げる。
優しいアメシスト色の瞳はニコッと笑った。
「アル様?」
「なんてね。今のは忘れて。ほら、着くよ」
アルの指先を追えば、もう頂上に着いていた。空いた大穴が見える。そこから下に降りるのだろう。




