悪魔に憑かれた王子3
「さて。金色の乙女を苦しませるのもそうでないのも、私の匙加減だと分かったでしょう?どれだけ強くても、弱味を握られていては身動きが取れないことも」
人差し指で眼鏡を押し上げ、カナラスは薄く笑いを浮かべる。
「ここら辺で手を引いては如何です?私も貴重な力を無駄に使いたくないんでね」
「ダメだ。レティが助けを求める限り、俺たちは退くわけにはいかない」
「そうですか。なら、彼女を帰れなくするしかないですね」
「何!?」
「あれを御覧なさい。君たちの仲間を黙って一人抜けさせたことに、何の対処もしていないと思いましたか?」
リックはカナラスの指先が向くスクリーンを見た。レティが動いている。意識はあるようだ。アルはレティの所へ辿り着いたようだが、様子がおかしい。少し頭を押さえたあとに、ふらついてレティの向こうに手をついた。
「アレックス……!?」
ディノスも眉根を寄せる。ユーシュテが側に歩いてきて、不安げにディノスを見上げた。
「王子、大丈夫なの?」
アルは一度体を起こし、そしてレティを隠すように覆いかぶさった。リックの目が見開かれる。
衝撃が強すぎて言葉が出ない。まさか、アルがレティにキスするなんて。
驚きが収まると、怒りがふつふつと湧いてくる。
「アルに何した」
アルがいくらライバルだから、リックの手の届かないところでレティと二人きりだといえども。
彼がレティを本当に愛しているからこそ、彼女が嫌がることは絶対にするはずがない。
それはレティの為でもあり、彼の自尊心からくる誇りであることも。
レティを構って困らせていたのは、いつもリックの手の届く範囲でしていた。
だから、これが彼の意志ではないことくらい、リックにだってわかっている。
「理性を働かせる脳の信号を乱したんですよ。金色の乙女の時と同じでね。彼女も頭を混乱させて、ここに来なければいけないと思い込んだ。だから一人でここに来たんですよ」
白衣のポケットに手を突っ込み、取り出されたのはてんとう虫のような何か。
「小さくても強い電磁波を放てるこれは、いい働きをしてくれた。そちらが都合よく視界を遮ってくれたあの時に、これを抜け駆けた彼に飛ばしたんですよ」
メガネの向こうの目が満足気に笑った。
「レティ……」
ユーシュテがこれ以上は見たくないと両手で顔を覆い、ディノスに縋った。
「どうしますか?彼を連れて戻るなら、理性も取り戻してあげますよ?」
リックは再びスクリーンに目を移した。アルが少し顔を上げ、そして一度だけ唇を動かす。
『大丈夫』
「!」
口の動きから言葉を読み取り、今まで焦りと迷いしかなかったリックとディノスの目の色が変わる。
「お前の思惑通りにならなくて、残念だったな。何でも思い通りになると思うな」
「……リチャード?」
ユーシュテがディノスの胸から顔を上げて振り返り、リックの背中を見つめる。
どうやったのか、画面の向こうでアルがレティの鎖を上に引っ張って断ち切った。素早く体を起こし、足の鎖も同じように切る。そしてレティを抱えて走り出した。
「何!?あの波動を受けながら、理性を保っていたと?」
流石のカナラスも声色が変わった。予想外の出来事に驚きが隠せないようだ。




