悪魔に憑かれた王子2
「助けに来たんだ。俺だよ」
「……?」
意識が朦朧としているのは目を見れば分かる。レティの小さな唇が動いた。
だが、聞き取れない。アルは耳を近づけた。
鈴の鳴るような澄んだ小さな声。
「リッ……ま……?」
途切れがちの言葉でも、誰を呼んだのかははっきりと分かった。
レティの心を誰が掴んで居るのかも知っていた。それでも心がズキリと痛む。
切ない息を吐いて、アルはレティの頬に手を添えた。
「リックは上で待ってるよ。ここから出よう」
それを聞いて、レティがゆっくりと瞬きをした。瞳に映るぼやけた姿。けれど記憶に新しく、忘れるわけがない。
(そんな。ここにいらっしゃるはずがないのに)
「アル、様……ですか?」
先ほど刺すように痛んだ心が、今度は甘く疼き出す。どれだけ側に居たくても叶わなかったレティが、自分のことを認識して呼んでくれた。
「そうなんですね。……アル様。ど、して、ここに?」
「レティ……アーナ」
弱々しくも上がったレティの細い指を握り、優しい顔を見下ろした瞬間、そのレティが二重に被って見えた。
「!!?」
ドクン……!嫌な感じに胸がざわめき出す。おまけに耳鳴りも始めた。
「……っ!」
左手でレティを支えながらも急に体がふらついて、アルは右手を華奢な体の向こう側についた。
今すぐこのままレティを手に入れたいという欲望がグングンと伸び上がり、アルを締め付けてくる。
(何で急に、こんな気持ちに……)
ついにアルはガクッと肘をついてしまった。自分の上に覆い被さるようなアルの様子に、レティは驚いた。
「アル様、どうかされたのですか?……大丈夫、ですか?」
「うん……。大丈夫」
掠れた声で返事が返ってきた。冷や汗が背中を伝う。黒い欲望と戦いながら、アルは体を起こしながら歯を噛み締めた。
(誰も追って来ないはずだ。罠か……)
アルは目を閉じた。そしてゆっくり目を開けられ、藍色とアメシスト色の美しい二つの色がぶつかる。
「レティアーナ。俺は今でも君を……」
「ア、ル様?」
もう一度片手で頬を包み、そして小さな声を発する唇を震える指で愛おしげに撫でた。
そのまま屈み込み、レティの華奢な体がアルの体に覆われた。驚きに、藍色の瞳が見開かれる。
アルは一度顔を上げ、硬直したレティを見下ろす。
「レティアーナ、ごめん」
(え?)
華奢な体はすぐに翳ってしまう。すぐにレティは我に返り、まだ縛められた手のまま、アルの肩を掴む。
「いけません!アル様!どうして……」
逃げるために顔を背けたら、金髪が首筋にさらりとかかった。そして吐息がかかり、肩を跳ねさせる。
「やめて下さい。こんなの、アル様らしくないです……っ」
「これも俺だよ」
決して乱暴ではない。元々優しい彼らしく、肩を押し退けようとする細い手首をやんわり掴んで引き剥がす。ジャラジャラと音をさせる鎖を掴み、レティの頭の上へ引き上げた。
抵抗しようにも鎖が突っ張って、アルに触れられなくなってしまった。
「いやっ!」
「大丈夫だよ、レティアーナ」
宥めるように頭を撫でられ、そして熱い吐息を持った顔がレティの細い首に埋まった。
(リック様……!)




