悪魔に憑かれた王子
リックが壊した天井から屋上を伝い、外壁沿いに海蛇が移動する。
「レティアーナの居場所、感じる?歌が聞こえたのは、あの部屋より下だった」
アルは海蛇に話しかける。細く長く二股に割れた下をチロチロと出し、シューシューと特徴のある呼吸音を出してじっとしている。気配を探っているようだ。
「レティアーナ……」
あの港で別れる最後の最後まで、レティに恋しい想いをずっと伝え続けた。
彼女の視線はいつだってリックへ向いていて、おまけに恋に鈍いらしいレティははっきり言わないと気づいてくれない。
はっきり言っても断られてしまったのだが……。困らせるだけとわかっていても、彼女の心の奥底に記憶として自分を刻んでおきたかったのだ。
離れても、レティ以上に心を奪われる女性にはまだ会っていない。アルの心に未だ留まるレティの姿を想っては、切ないため息をつく日々。
それがこんな形での再会になるとは思っても見なかった。
(早く助けて、それで……)
もう一度だけ、抱きしめたい。
そんなことを考えていたら、海蛇が頭を下に向けた。そしてゆっくり移動を始める。どうやらレティの居場所を掴んだらしい。
塔の中心より少し上の辺りに辿り着き、アルからも通路が見えた。
「ここも部屋が幾つかあるね」
海蛇の頭から滑り降り、通路に降りた。
「下の入り口はカードキーなのに、ここは違う。鍵を差し込むタイプだ。それも二つ」
海蛇の鋭い目が見つめるドアは、他のところとは違った。取手を掴んで押し引きしても、びくともしない。
「そりゃ当然、鍵はかけてるか」
体の向きを変え、壁の隙間からこちらを見ている黄色い目に話しかけた。
「ここ破壊できる?多分手前にはいないと思う。閉じ込めてるのは奥じゃないかな」
身体の中にいる時と違い、シューシューという声は何と言っているか分からなかったが、恐らく承知したのだろうと思ったアルは壁に登って外に出た。
海蛇はアルを頭に乗せ、少し上に登ると長い尾を振り上げる。それを壁に叩きつけてドアごと無理矢理砕いた。
ドカン!バキバキという派手な音で石片が周りに散って下に落ちていく。
「おおー。豪快だ。破壊してから言うのもおかしいけど、ここ崩して上は大丈夫かな?後から潰れたりしないよね」
アルの言葉を聞いて、海蛇から先ほどとは違うシューシューという声が聞こえた。低いそれは気分を害しているらしい。
「ああ、ごめん。君を責めたわけじゃないんだよ。頼んだのは俺だからね。道を作ってくれてありがとう」
ポンポンと頭を叩いてやって、それから気を取り直した海蛇が再び頭を破壊した場所に近づけた。
「流石に君は入れないね。ここで待ってて」
一人だけ崩れた通路の瓦礫の上から、慎重に降りて行く。そこから研究室に入った。
「ちょっと暗いなぁ……」
入り口の左右を見て蛍光灯のスイッチを見つけ、明かりをつける。その先真正面に見覚えのある台があった。
台の上に横たわるのは。
「レティアーナ!」
アルは走って行き、そして過ぎ行く周りの水槽にレティと同じく気づいた。
「ちょっ……。これはかなり悪趣味ってかヤバイだろ!本物の人間でしょ」
調べたいのは山々だが、優先すべきものは分かっていたので先にレティの元へと駆け寄った。
ふわふわと波打つ柔らかい髪で、顔が殆ど伺えない。だけど見間違うはずがない。
アルは髪を丁寧に払って、意識を無くしているレティを揺すった。
「レティアーナ。しっかりしてくれ。分かるか?」
首の下に手を差し入れ、支えて上半身を抱き起こす。ぼやっと霞んだ藍色の瞳が薄っすらと姿を見せた。




