潜入作戦9
海蛇は素早い動きでアルを尻尾に巻きつけて頭に乗せ、破壊された天井から外に出て行った。
「鳳凰降臨!!」
海蛇がいなくなったのを確認し、リックは鳳凰を呼び出した。灰色の瞳から螺旋状に出た風は、甲高い鳴き声を上げて大きな鳥となる。羽ばたきで、巻き上がっていた埃が全てクリアになった。
「全く。眼鏡が汚れてしまったじゃありませんか」
カナラスは落ち着き払い、布で眼鏡を拭いて再び掛けた。
「お仲間が一人いなくなりましたか。やれやれ……。かなり大きな契約もしていたようですし。でも、そこまで問題にすることもないですかね」
そう言いながら歩いて行き、腰を抜かしたり壁際に寄って怯えている部下には目もくれず、スクリーンの前に立った。
「何故なら、君達は此方に手出しはできない。此方に向かってくれば来るほど、守りたいその対象がこうなる」
ボタンを一つ押し、再びスクリーンがついた。そこには、広めの台の上で横向きに体を崩すレティがいた。少し暴れたのか、ふわふわの髪が乱れて顔にかかっている。
意識があるのかないのかは、その隠れた表情から窺うことができない。
華奢な体の周りに、金色の粒子がキラキラ輝きながら漂っていた。
「レティ!!」
幽閉されたレティの姿を見て、リックが叫ぶ。
「さて。君は先ほど彼女を力とは見ていないと言いました」
「そうだ」
怒りに震える拳を握りしめ、リックはカナラスを睨みつけた。
「ならば、とんだ宝の持ち腐れということになります」
「何!?」
「金色の乙女の力が何なのか、知っていますか?」
口の端を上げ、カナラスの白衣のポケットから取り出されたのは試験管。細いガラス管の中には、淡い金の丸い粒子がある。
「それはレティの……!?」
「そう。これは彼女の側に浮かんでいたものです」
指先をスクリーンのレティに向け、カナラスは言った。
「ここに来る前に、別室で簡単に調べたんです。これ自体が発光していますが、蛍光灯などの電球の明かりとはまた違う。この美しい粒子は、昔とある場所で見つかっている」
スクリーンに向かい合っていた白衣の背中はくるりと反転し、リックと向き合った。
「そこは『世界のはじまり』」
「世界のはじまり!?何だそれは?」
「そのまま。世界がつくられた頃である地層の一番下で、この不思議な粒子が見つかっている。残念ながら私が実際には自分で見たわけではないが、文献にそう載っている」
「それはどれだけ昔のことだと思ってるんだ!バカバカしい。間違いだろう」
「そう。彼女を見た感じの歳には釣り合わない。いやそれよりも、そんな昔から生きている人間なんているわけがない。だから謎なんじゃないか。だから調べるんだよ。価値の分からない者には勿体無い存在なんですよ。分かったかい?」
「そんなもん、分かりたくもねぇ!お前たち科学者の欲の為に、レティを傷つけさせてたまるか!」
「リック!」
ディノスは、背中に背負っていたリックの剣を鞘ごと投げ渡した。それを右手で受け取り、剣を抜く。
鳳凰が高い鳴き声を上げ、少し上に飛んで一度翼を上下させて風を起こした。その追い風はリックの勢いとなり、元々の瞬発力も手伝って一気に敵の懐に移動したように見えた――が。
カナラスは手のひらをリックに向ける。彼の腕につけられていた何かが光り、金色のシールドが出てきた。押し込もうとするがびくともしないそれに、剣撃が阻まれてしまう。
「レティ!」
ユーシュテの声が聞こえ、スクリーンに目を向けると、レティの体から金色のオーラが滲み出ている。華奢な体が、堪えるように縮こまっていた。




