海に旅立ちの歌が響く3
「町長、今の言葉は本気で言ってるのか?」
「どういう意味でしょうか?」
「レティを襲わせたのが、お前達だと言ってるんだ!」
「……え!?」
戸惑う町長へ向けられた言葉を聞き、レティは驚いた。
「レティがそんなに忌まわしいか?だが、本当にレティが何かをしたという証拠があって、蔑んでるのか?」
誰一人音すら立てずに静まり返り、リックの声が良く響く。
一方的に責め立てず、リックは街の人の答えを待った。人々は視線を交わしたり下を向いていたが、やがて何処からか男の声が返った。
「余所者のお前に何がわかる。その娘の歌は、この島に災難を呼び込んだのだ。追い出さずにいるだけでもいいと思ってもらいたい」
レティが俯いた。
「災難を招く?アホか」
リックは鼻で笑った。
「お前達は辛い記憶を受け入れられず、その怒りや悲しみのぶつけどころがなくて、レティに的を向けているだけだろう?相手が甘んじて言い返さないのをいいことに、たかをくくるな!」
確かにレティの歌に気がついたのがきっかけだったとしても、海賊を意図的に招いたわけでも壊滅させたわけでもない。
それを行ったのは、海賊の方なのだ。
「その果てに人買いを雇って売り飛ばすのか?かつてお前達を苦しめた輩と、お前達のしていることは何が違う!?」
「人買いだと!?」
町長が驚きの声を上げた。
「レティを襲った奴等、あれは恐らく人身売買を行うどこかの犯罪組織の下っ端だ。珍しい歌を歌う女がいるなどの情報で呼び寄せたんだろう」
町長は唇を噛み、レティへ同情の目を向けた。
「リック様、町長さんは正義感の強いお方なの。私に酷いことをしたりなさらないわ……」
レティの小さな声に答える代わり、リックは艶のあるふわふわの髪を撫でた。
町長が首謀者でなくても、この町の誰かが結託してレティを苦しめたのは、ほぼ確実だ。
それから頭をポンポンと叩いてくれる。
「ここにレティは相応しくないようだ。この環境は彼女にとって毒だ。人買いを呼ばなくても、そんなに厄介払いしたきゃ、望み通りに俺が連れていってやる!」
頭からリックの温かみが消えたと思ったら肩に手を回され、彼の胸へ引き寄せられた。
「だがな、いつまでも過去に立ち止まるのはよせ。誰かを痛めつけても幸せにはなれない。歩いている場所をきちんと見ろ。お前達が生きているのは過去じゃなく、現在だろう?」
リックはレティから手を離した。
「行こう」
頷いてリックに着いていこうとした時、町長から声がかかった。
「レティアーナ、許してくれ。わたしの不行き届きだ。怖い思いをさせてすまなかった。もうすぐ保安官も着く。あの輩達も責任もって引き渡す」
深く頭を下げる町長へ、優しい笑みを向けた。
「助けてもらったから、もういいんです。町長さんはジョアンおじ様の次に、私に良くしてくれてたから……それで十分です」
自分の妻子がレティを気味悪がっても、それとは別にしてレティを気にかけてくれたことを知ってるから。
それがかつて、レティを島で引き取ったことから来る責任感からだとしても。
数少ないレティを受け入れる人物になってくれて、確かに嬉しかったのだ。
町長と別れて暫くして、ジョアンのいる酒場への看板が見えた。
そこへ走り出す前にリックの背中に話しかけた。
「リック様っ」
リックが立ち止まって振り返り、レティを見てくれた。
「わかったことがあるんです。私、どうもリック様のことが大好きみたいです!」
少し身を屈めて上目遣いにニコニコとして言い、先に行きますねと断って走って行った。
「は……?」
とんでもないことをさらりと言われ、リックはレティを引き止めることを忘れていた。
それから「おい、待て待て。今のは何だ」とブツブツ呟いて、慌てて彼女の後を追った。
(鈍感じゃなかったのか?)




