潜入作戦5
レティの力を目の当たりにして興奮を覚えたカナラスは、スクリーンの向こうでぐったりとした体の変化に気づいた。
「あの粒子は何だ?」
力が消えた今も、その名残を示すように華奢な体の周りで金の小さな粒が輝いている。
「あれは採取できるのか?」
軽く握った手を顎に当て、考える。そして彼はテーブルの上に置いてあった栓のついた試験管を一つ取り、エレベーターに向かった。気づいた研究員が声をかける。
「所長、どちらへ?」
「ああ、すぐ戻りますよ。取り敢えずスクリーンを切って、壊れた機械がどれだけあるかを調べておいて。修理しないと」
「はあ……」
何を考えているかわからないカナラスを、曖昧な返事で見送るのだった。
エレベータで階下へ移動し、自分だけの研究室へ向かう。
鍵を開けて中に入り、水槽の横を抜けてレティの様子を見たら、台の上に横たわって涙の跡を残したまま眠っていた。
「回復は眠りか?」
光の粒はまだ僅かに残っている。栓を抜き、浮かぶ粒を試験管に入れた。
「ここの機械も派手にやられちゃったみたいですねぇ。まあ、上と繋げば使えないこともないかな」
水漏れはしていないが、水槽にも僅かな亀裂があるものもある。
破損した機器はどうでもいいようで、栓をした試験管の中で煌きながら浮遊する粒子を見つめる。
左右に揺すれば綺麗な音でも鳴りそうだ。
それを白衣に入れて後ろ手に指を組み、ゆっくり歩いてカナラスは秘密の研究室を出て行った。
バタンとドアの閉まる音でレティが目をうっすらと開けた。
暫くボーッとしてから、手を動かすとジャラリと金属の音がした。
動かすのに不自由はない程度に、鎖のついた枷が手足を掴んでいる。
(リック様……)
会えないとなると、余計に寂しくて心細くて切なくなる。
今すぐ彼の元に飛び込んで抱きしめてもらって、不安や恐怖なんか取り去ってしまいたいのに。
(どうしたら、リック様に会えるかな)
目を閉じて彼の姿を思い浮かべた。そして脳裏にリックの言葉が蘇った。
『俺のために歌え』
レティは藍色の瞳を開いた。
(そうだ。歌なら……)
遠くの海賊やリックを呼び寄せた自分の歌なら、届くかもしれない。
カナラスにも気づかれてしまうだろうけど、でもたった一瞬だけでも自分がここにいるとリックに分かってもらえたら。
レティは深呼吸をして、そして息を吸い込んだ。
(お母さん。私にくれた歌をどうか、リック様へ届けて下さい)
「レティの声……歌だ」
船で聞いていた時よりも弱く、か細いものだったが確かに彼女の声だった。
スケルトンではないこのエレベータからでは、どうなっているかがわからない。
澄み渡る声は近づき、通り過ぎたのかまた離れていく。
リックは思わずドアに手をついた。
「上じゃないのか」
「この床、破壊して下に行く?」
「いや。万が一レティの居場所の天井が壊れでもしたら危ない」
アルの質問に、リックは頭を振った。
(分かったぞ、レティ。ここにいる、迎えに来いと呼ぶ気持ちは伝わった。俺は必ずその手を取りに行く。その歌が途切れる前に)
エレベータは最上階に着き、扉が開いた。
「所長、おかえりなさ……」
此方を向いた研究員は、全く見覚えのない人物の登場で驚愕に変わる。
「誰だ!君たちは!?」
黒いロングヘアを揺らすリックを先頭に、ディノスとアルがエレベータから出た。




