隠された研究8
「王女と聞いていたからそういう服装なのかと思っていたが、そうでもないんだな」
「ドレスのことですか?王宮の外に私用でお出かけですから、わざわざ王女だと市民に知らせて騒がせるような真似は致しませんわ」
リックの感想に対し、口に当てた指先の向こうでうふふとチェルシアが笑った。
リックの思いは当然で、少し洒落た一般市民と変わらぬ姿をしているからだ。
白いブラウスに赤と黄色、茶色の三色チェックのワンピース、黒いタイツに茶色のブーツといった感じだ。壁にかかっているベレー帽は、そのチェック模様からワンピースとペアなのだろう。
「それでは本題に入ります。どうぞ皆様お掛け下さいませ」
リックとディノスが隣同士で腰を下ろし、向かいにはアルが座った。
リック達以外で部屋に唯一いたメイドが、全員の前に紅茶を淹れたカップを置いて回った。
「ありがとう」
チェルシアはお礼を言ってシュガーポットから角砂糖を一つつまみ、投入してスプーンで混ぜて一口飲んだ。
そしてソーサーにカップを戻し、メイドに顔を向けた。
「悪いけど、下がっていて頂戴」
「姫様、畏まりました」
メイドが出て行き、リック達とドアの前に控えるサルディだけになってチェルシアは口を開いた。
「私の身の周りの世話をしていた女官が姿を消しましたの。世話係は何人かいて、その一人なのですが……。休み明けになっても姿が見えず、仲間に家まで様子を見に行かせましたが留守で。彼女、一人暮らししていたの。足取りを追わせて調査をしていたら、他にも使用人が二、三人行方知れずに。全員女性です」
「それは不可解だね」
アルが言い、チェルシアも頷いた。
「更に深く調べていたら、街にも神隠しの事件があることがわかりました。街の人の噂も聞きましたが、人伝てのそれは尾ひれがつくこともありますし、全てを信用しかねています。でも、火のない所に煙は立ちませんし……。話では我が国が推進している研究施設の周りが、恐れられているとのことなのです」
「やはりか。十中八九、その研究施設が関わっていると思うぞ」
リックはタイミングを計らい、口を挟んだ。
「俺たちの仲間が二人、誘拐されている。そして追った俺たちに攻撃をして来たのが、城の少し横にある塔だった。今はそこに幽閉されていると俺たちは考えている」
「まさか負けたの!?君が?」
信じられないという言い方で、アルが驚く。
「かなり大きな電撃を浴びせられてな。予想外で」
「電撃……」
チェルシアは口に手を当てた。
「何てことでしょう。民の為になる研究をさせていたつもりが、逆に脅かしていたなんて。アレックス兄様、どうしたら」
「今のまま噂を陛下に聞かせた所で、すぐに研究を止めることは難しいだろう。国の予算も使ってるしね。調査はしてくれるかもしれないけど。もっと明確な証拠を持って帰らないと。だけど問題は一刻を争う。時間が経てば民が消えるし、問題が明るみに出た時、国の信用も落としてしまう」
アルは自分の額に人差し指を当て、押しながら考えた。
「囮を使って現場を抑えるとか……。でもなぁ」
「ならば私が」
胸に手を当て、チェルシアが言った。
「ええ!?」
「私が囮になると言っているのです。アレックス兄様」
「ま、待って待って。そんな危ないことできないよ」
「ですが兄様!これ以上、国民の不安を煽るわけには参りません。私たち王族は、国民からの税金と信頼で生活させて頂いています。その国民を守るのは当然ですわ」
「いや、確かにそうだけど」
アルは立ち上がり、チェルシアの前に膝をついて彼女の両手を取った。
「別にシアが信用できないとか、足手まといとかそういうことじゃないんだ。君はあくまで王女だから、お目付役無しの状態で外に出ることは難しい。けどお目付役が側に居たら、位の高い人だと誰しもが気付くよね?そうなって手を出す人はいないと思うよ」
「……」
確かにその通りだと思った幼い王女が俯く。
「でも、女官達を囮に出すことはできません」
「勿論だよ。行くなら、襲われてもそれなりに対処できる手練れで無いと」
「まあ。そんな方が居ますの?」
「うん。ちょっと必要なものを揃えてさえくれればね」
人差し指を立て、アルは片目を閉じてウインクした。
「事件解決のためには、私、全力を尽くしますわ」
「だってさ。リック。強力な味方がついたよ」
「……」
ニコッと笑うアル。何と無く嫌な予感がして、リックは頷けずにいた。




