隠された研究3
『……テ』
「!?」
機械音かと思ったが、それにしては変だ。耳を澄ませたら、今度はより良く聞き取れた。
『助……ケテ』
「声……?」
「どうしました?」
胸に手を当て、レティはカナラスに尋ねた。
「カナラス様、ここのお人形さん……は、話すんですか?」
すると、クスクスと笑われた。
「何を言ってるんです。人形は話しませんよ。――ああ、そう言えば最近はそういう『仕掛け』のある、クオリティの高い人形もあるんでしたっけ?玩具の」
「けど!けど、今聞こえたんです!声が」
「何と?」
嫌な予感が体をつきまとう。胸がドキドキと激しく打ち、呼吸の間隔が短くなる。
小刻みに震えながら、レティは言った。
「その、たっ……『助けて』と。そう……聞こえて」
再度確認の意味を兼ね、尋ねた。
「本当に、作りものなのですか?」
カナラスは腕を組んで俯いた。口の端だけが緩く弧を描く。
「何と。金色の乙女は不思議なエネルギーだけでなく、常人には聞き取れない声も聞こえると?」
顔が上がる。眼鏡が蛍光灯に照らされてキラリと光った。機械から腰を離し、白衣を揺らしてこちらに歩いてきた。
レティは後ずさるが、足が震えて距離は縮まるばかりだ。
そして、すぐ側に彼が立った。少し腰を屈めて、視線が綺麗に合わさる。
「やはり、素晴らしい。世界のどこを探しても恐らくまたとない逸材だ」
「じ、じゃあ、ここの方達は……」
「さっき話した通り、女性は不思議なエネルギーを秘めている。その研究をしているのさ。そう、生きている。僕の生きた人形としてね。だが、君はここの人形達を遙かに凌駕するようだ。調べたくて探究心が疼くよ」
カナラスがレティの手首を掴んだ。持っていたパンの袋がパサリと音を立てて床に落ちた。
「いや……っ!放して下さい!」
「計測器を狂わせるほどのエネルギー。どれだけのものか」
背筋が凍るような寒気がした。顔を背けて目を固く閉じる。
「いやあぁあっ!!」
パアッ!体を金の波が流れ、すぐに閃光に変わる。
「――っ!?」
驚いたカナラスの手が一瞬緩まった。レティはそこを振り切って逃げ出す。
(怖い!リック様!!)
「目くらましか。だが逃がす訳にはいかない。金色の乙女。君だけは」
カナラスは白衣の内側から何かを取り出し、此方に向けた。振り返りながら走るレティは、自分に向けられている銃口を目にする。
(どうしよう、どうしよう!)
すぐに入口のドアに辿り着き、そこに触れようとした時にレティへ攻撃が放たれた。
バリバリ、バチィッ!
「きゃああああっ!」
体を突き抜ける熱い痺れ。電気に体を纏わり付かれ、悲鳴を上げてレティは倒れた。
(起き上がらなきゃ、逃げなきゃいけないのに)
ジリジリと侵食する痺れが、起き上がらせてくれない。コツコツと此方へ歩いてくる足音が近づき、そして止まった。
「やめ……」
「痛くない。そんなに拒絶しなくても大丈夫」
「や……です」
「君はただ、眠っていればいいだけだ」
カナラスがレティに跨がる。そしてポケットから取り出された布が、レティの口元を塞いだ。
「んーっ!……ふ、んん……」
すぐに頭がぼーっとして景色が歪んだ。そして体から力が抜け、意識を無くしてしまった。
(リ、リック様……)
気を失う寸前、今更ながら様々な言葉を思い出す。
『若い女の人が何人か戻ってこないみたい。僕たちは陸に上がることはできないから詳しくは分からないけど、そういう波動をあの土地から感じるんだよ。だから無理しないで』
イルカの言葉。そして。
『人を誘拐してそのまま売り飛ばすようなこと、他にも……欲望のままに心を壊す行いをする輩もいる。レティの思いもよらない方法でな』
『だから、不用意に船員以外の奴についていくな』
初めの頃、眠る直前にリックが教えてくれたこと。
故郷の島を出てからは、いつも外で彼が側に居てくれたから忘れかけていた。一人で今は居ることに。
(注意を守らなかったからだわ。ごめんなさい……。私、もしかしたらもうあの場所には)
戻れないかもしれない。何処かでそう思い、意識が無いというのに閉じられた目から涙が溢れた。




