自ら去る8
何となく不安を抱えたユーシュテに見送られ、レティはカナラスと研究室の外に出た。
石造りの通路や壁、窓。吹き抜ける風が淡い水色のワンピースや波打つ髪を揺らした。
無意識に腕を寄せたら、隣を歩いていたカナラスが少し微笑む。
「すみませんね。高い位置に研究室があるから、気温も下よりは低いんです。寒いかな?」
「少し……。でも平気です」
「早くエレベータに乗りますか」
そう言って、歩みが速くなる。
レティもその速さに合わせるように歩き、少し小走りになりと繰り返した。
エレベータを呼び中に乗り込んだら、少しはましになる。そこでレティは背の高いカナラスを見上げた。
「あの……」
「何か?」
「私、どうしてここにいるのか覚えていないんです。昨日は確かにリック様――私の住む船にいたと思うのに」
視線がゆっくり移動し、レティを捉える。同時に体の向きも変わって、何となく半歩後ろに下がった。
けれどカナラスはそのまま歩みより、レティは距離を保つために更に後ろへ下がる。
すぐに背中は右奥の角に当たった。
白衣の袖が体の両脇に来て壁と繋がる。逃げ道がなくなってしまった。
何かをされるとは思わないが、距離が近すぎてレティは居心地悪く視線を反らした。
「そう言う疑問は――」
片手が壁を離れ、近づく。ビクッと肩を揺らせ、レティは目を閉じた。
指が頬を擽ってくる感覚がしたと思ったら、その後に髪を指に巻き付けてすぐに離れた。
「最初に聞くものでは?金色の乙女、貴女は少し変わっていますね」
(危機感が薄いようだ)
「そう言えば最初にも仰ってましたね。その、金色の……」
「金色の乙女。名も分からない君のことだ。金色の力を持っているでしょう?だからです」
「はい……。あ、私、レティアーナと言います」
「では、レティアーナ。貴女の疑問に答えます。君は昨夜呼ばれて自分でここにやって来ましたが、疲れてすぐに眠ってしまいました。そこで、僕があの研究室に連れていったと言うわけです」
それを聞いて、赤くなってレティが焦り出した。
「それはすみません!最近よく眠くなってしまうんです……。ご迷惑をお掛けしてしまって」
「その程度のこと、気にしてません」
「そうですか」
胸に手を当ててほっと息をつき、そして再度尋ねた。
「もう一つお聞きしたいことがあって、その、呼ばれたというのはどなた様に……?」
「ああ。それは僕ですね」
レティが何度か瞬きをした。反応がそれだけなので、カナラスは再度言う。
「僕が君を呼んだんです」
「……どうして、ですか?」
当然の疑問だ。知り合いでもない、初対面の人に呼ばれて自らやって来るなんて。
「その金色の力に興味がある。非常にね。この先はお腹を満たしてからお話ししましょうか」
エレベータがちょうど一階に着いたので、カナラスは話を切った。




