自ら去る7
静かなはずの部屋を動き回る複数の足音。寝ぼけながらもレティは不思議に思って、目を開けた。
白衣を来た人が部屋を行き交っている。
「ここは……?」
肘掛けに手をついて起き上がったら、ブランケットがずり落ちた。
「レティ……。レティ!」
聞き覚えのある声。頭を左右に動かせば、閉じ込められたユーシュテと目が合った。
「ユースちゃん!」
ブランケットを拾って椅子にかけ、ユーシュテの側へ駆け寄る。膝に手をついて、覗き込むようにユーシュテと向き合う。
「無事だったんだね。良かったよぉ」
「こんな狭いところに閉じ込められて、無事なもんですか。まったく、あのイカれ頭め」
「イカ?」
レティの頭に、十本足の白い生物が浮かんだ。
「何でもないの。ところでレティ、貴女は平気なの?体は何ともない?」
「うん。けど、ここどこなの?」
ユーシュテに尋ねたら、彼女ではない声が後ろから答えた。
「おはよう。お目覚めだね、金色の乙女さん。ここはアリオナ科学研究塔だよ」
レティは振り返る。
黒縁の眼鏡をかけた黒髪の短髪の男が、白衣のポケットに手を突っ込んで立っていた。
「えっと……?」
軽く握った手を唇に当て、レティは首を傾げた。その後ユーシュテを見たが、つんとそっぽを向かれる。
「おっと。これは失礼。私はこの研究室の責任者。カナラス・ソレルと申します」
表情から、誰だろうという疑問を読み取った男が名乗った。
「どうも小さなお嬢さんとは正反対みたいだね」
「ユースちゃん、知ってるの?」
「知らないっっ!」
まだ視線を反らしたまま、最高潮に不機嫌な声が返ってきた。
「つれないなぁ。君には昨夜名乗ったというのに」
「あたし、嫌いな人を覚えておくほどのお利口さんな頭持ってないから」
「こりゃまた随分な嫌われようだ」
カナラスは何がおかしいのか、クスクスと笑った。
「一晩経ったし、お腹も空いたでしょうからご飯でもいかがかな?」
「ありがとうございます。頂きます……。ユースちゃんは?」
「その男が一緒なら行かないわ」
「じゃあ、何か持って帰ってくるね。それでいい?」
「お願い」
「任せて!」
にっこり笑うレティに、多少毒気を抜かれながらも不安を誘う。
「気をつけて行きなさいよ」
「うん!わかってる!」
(ぜっっったいに分かってないでしょ……)
ユーシュテの状態と総合して考えれば、自分が誘拐されたという状況がわかりそうなものだが。
生憎、今のレティの表情を見る限り、そんなところまでは考えていないようだ。
閉じ込められている今は無理に止めることもできないし、大きなため息をついてガックリ肩を落とすしかなかった。




