自ら去る6
途中で何度も落ちそうになっては起き上がり、ふらふらとレティは進んだ。頭に浮かぶある景色。
陸が見えてきた。ぼーっと霞む視界の中で、その土地に聳えるグレーの塔だけがクリアに見える。
「……はぁ」
ため息なのか呼吸なのか分からない息を吐き、痛む頭を堪えて上昇した。
塔の一番上に向かい、ようやくのことで膝をつく。この場所が、頭にこびりつく景色と一致した。
けれど気が緩んで体が後ろに反り、支えるもののない方へ揺らめいてしまった。アプリコットブラウンの髪がふわりと宙に広がる。
その時、手を掴まれて食い止められた。
「お疲れかな?」
「……」
月明かりにぼやけて映えるのは、風に揺られる白衣。きつくて誰なのかを確認するために顔をあげることすらできない。
レティの腕を掴んでいるのと反対の腕が動き、髪に手を差し出こまれる。
やがて、首元近くで何かを探り当てたらしい。その手に赤い小さなものが転がった。
赤に黒いドット。てんとう虫だ。
「もう苦しさはなくなる」
親指でどこかを触り、そしてレティを襲っていた頭痛が消えた。
苦しさから解放されても気力も体力も限界で、そのまま意識を手放して冷たい石床の上に崩れた。
「ようこそ。金色の乙女」
言われなければ、海賊だなんて思わない。一般人に見えるレティを抱えあげた。
「人は見かけによらないってよく言いますよ。こんな弱そうな外見に、あれほどのエネルギーを秘めてるなんて誰が考え付くかな」
カナラスがレティを連れて研究室に戻ったら、残っていた夜勤の研究員が驚きの声をあげた。
「しょ、所長!一体誰を連れてきたんですか?――あ、その子は」
「言った通りに、この子から来てもらったんだ。少々無理させたけどね」
見慣れない顔だが、見覚えがあって研究員は思い出した。
自分の椅子にレティを下ろしたら、肘掛けに頭がもたれ掛かって髪がふわふわと表情を隠した。その髪を耳に掛けるように流しながら、カナラスは答えた。
「……?」
話し声に気がついて、膝を抱えたまま眠っていたユーシュテが目を覚ます。カナラスの体の向こう、僅かに見える顔。目を見開いた。
「レティ!?」
「ん?ああ、これは小さなお嬢さん。すみません。起こしてしまいましたか」
「その子どうしたの!?何でこんなとこにいるの!」
(リチャードは何やってるの!)
カナラスには答えず、檻を両手で掴んでユーシュテは言った。
「少々手荒ではありましたが、こちらに出向いて頂いたんですよ。貴女を奪い去って警戒も強い場所に、愚かしくもわざわざ二回も行ったりはしません。これでお嬢さんも寂しくないでしょう?」
「手荒!?何したのよ!その子、まだ病み上がりよ!」
「病み上がり……?それであのパワーですか。ならば、そうでないときの力はどれ程か。この金色の乙女は一体何者なのかな?」
疲れた顔で眠っているレティ。眼鏡の奥の瞳が、改めて珍しいものを見るように見つめた。
「あんたたちの狙いは、あたしだったはずよ」
「確かに、君も狙いの一人。我々は次代のエネルギー資源の研究をしている。そこで未知の力を持った君と、そしてこの金色の乙女に興味を持ったんだよ。僕がね」
「研究のために誘拐までするなんて、イカれた科学者ね」
「まあ、それくらい研究に執着がないと科学者なんて務まらないよね」
ユーシュテは唇を噛む。
(まずいわね。レティまで連れてこられると、あたし一人で好き勝手迂闊に動くことができないわ)
女性研究員が来て、レティにブランケットを掛けた。
レティの唇が動き、声なき言葉を紡ぐ。
「……リック様」




