自ら去る2
かなりきつい言葉を投げつけたと言うのに、カナラスは全く堪えた様子もなくハハハと笑った。
一体、何が可笑しいのか分からない。ユーシュテを逆撫でして、イライラさせただけだ。
「それはてこずりそうだ。まあそこは何とかする。変に解剖したりはしないから、そこは安心して下さいよ」
「安心させたいなら帰して」
ユーシュテの最後の言葉にはヒラヒラと手を振って、答えなかった。彼に続いて研究員も出ていってしまい、残った人数が少なくなる。
檻を掴み、白い背中の去った方に向けて思いきり舌を出し、それから膝を抱えて座った。
(ディノス……)
自分を追いかけてきて、そして海に落ちた。
(リチャードも一緒だったし、何とかしてるとは思うけど)
でもまさか、あんなに大きな攻撃が放たれるとは思いもよらなかったに違いない。大砲よりも早かった。
それに、どうやら実験か研究材料として自分が捕まったことは薄々わかった。
怖くないし、平気だと言えば嘘になる。
(でもあたしは信じるしかない。彼らの無事を。そしてディノスなら必ず来てくれる。待つわ。狼狽えるところは、ここの奴等には絶対見せたりしない)
心の中に、いつだってまめに気にかけてくれる冷静沈着なディノスを想う。
(あたしの体の謎も心の中も、全部を知って良いのはディノスだけだから)
「大丈夫っすか?」
「大丈夫です」
「すまんな。待機させてたのに。だが敵の居場所はわかった」
イルカに送られ、甲板で待っていたクルーに梯子を下ろしてもらって上へ上がった。
海面からイルカが顔を出し、レティ達を見守る。
「ユースを連れ帰すのに、意外と手間取るかもしれん」
「え!?副船長、相手は契約者か何かなんすか?」
「違うとは思うが、別の方法で強大な攻撃を仕掛けてくる。対策を打つのに情報がいる」
ディノスはクルーに答えた。そして、夜空を見上げた。
(すまん、ユース……)
レティは縁から顔を出し、待っているイルカに声をかける。
「イルカさん、送ってくれてありがとう。とても助かった」
『気にしないで』
『それはそうとレティアーナ、またあそこの街行くの?』
「うん。友達が連れていかれちゃったから。助けに」
『なら、気をつけて。妙な噂を聞くし、きっと良くないことをしてるよ』
「良くないこと?噂って?」
『若い女の人が何人か戻ってこないみたい。僕たちは陸に上がることはできないから詳しくは分からないけど、そういう波動をあの土地から感じるんだよ。だから無理しないで』
「……分かったわ。教えてくれてありがとう」
『じゃあ、僕たちは行くね!』
「うん。さよなら」
レティは手を振って、イルカ達を見送った。
イルカが去ってしまうと、レティはどっと疲れを感じて床にぺたんと座り込んでしまった。
「レティ!」
気づいたリックが側に来て、床に膝をつく。覗き込んだ横顔は、うつらうつらとしている。
「大丈夫か」
「ちょっと、急に眠くなってしまって」
「そうか。無理するな」
抱き上げてくれ、レティは重い瞼を閉じた。
「また力を使わせてしまったな……」
「今回は、レティアーナがいてくれて助かった。俺たちだけじゃどうしようもなかった」
ディノスも側に来て、レティの様子を見た。
「そうだな」
「とりあえず、レティをベッドに連れていこう」
リックはその場を離れて中に入る。船の居場所を敵に知られてしまったので、ディノスは船を移動させることと、甲板にも交代で何人か見張りを置くように指示を出した。




