そして記憶の波へ9
「リック、起きろ」
ディノスがリックを起こす。サラはレティから実を取り、ユーシュテがそれを両手に受け取った。
「リチャード、食べて」
「……う」
眉を寄せながらもリックは言う通りに、ユーシュテの押し込んだ実を含んだ。すぐに実は割れ、甘い液体が喉に流れる。
少し色の悪くなっていた肌が、徐々に元へ戻る。顔色も良くなり、呼吸が落ち着いていく。
ディノスはリックを寝かせ、額に手を当てた。
「まだ熱はあるな」
「リック兄、本当に大丈夫なんだろうな?」
「徐々に落ち着いていくと思います。それは人の命が育んだ万能薬として、扱われる奇跡の花の実ですから」
ユリウスの言葉に、サラが頷いた。
「レティアーナさんも酷く疲れています。花を咲かせるのに生命力をかなり使ったと思うので、しばらく寝たままになるかもしれません……。でも死んだりしませんから、見守っていてあげてください」
サラの白い手がレティの額を撫でる。レティの胸に咲いていた花は実を失ったことで萎れ、白い砂のような光になって消えてしまった。
「レティアーナは医務室に連れていこう。セリオ、悪いが来てくれ」
ディノスはリックの布団を整えて、歩き出した。サラとセリオはその後に続く。
「ユース、どうする?」
「あたしはここにいるわ。レティからリチャードのこと頼まれてるから」
「そうだな。頼む」
「俺もここにいる」
ディノスとセリオは船長室を出て行った。沈黙が続く。
ユリウスはポケットに手を突っ込み、ユーシュテの横に立った。
「――長い……時間だったわ」
暖まってしまった額のタオルをまた絞りながら、ユーシュテは呟いた。
「今まで毎日過ごしていたこの時間が、二度と戻ってこないかとさえ思った。ディノスとは違うけど、でもあたしにとってもリチャードは大事な人よ。レティだってそう。何もできない辛さを知ったわ」
「俺もだよ。だから、一秒一秒の時間を思いきり楽しんで行きゃいいんじゃないか?当たり前なことなんて、何一つないんだろ?」
「……そうね。あんた、意外と良いこと言うじゃない」
「意外とは余計だろ」
「褒めたんだからいいじゃない」
「良くねーし。めっちゃ台無し感」
クスリと笑ったユーシュテの言葉に、ユリウスは腕を組んで唇を尖らせた。
穏やかな時間は、もうすぐそこまで戻ってきている。




