そして記憶の波へ8
動いているのかわからないくらい僅かに瞬きをした後、焦点の合わないような瞳が今度ははっきりと姿を見せた。
疲労感が溢れ出て、瞳にいつものキラキラした輝きはない。それでも。
「ユリ……ス様……。セリオく……。私……」
「レティアーナ、ここは現実ですよ。わかりますか?」
認識はできるらしくて、掠れた声や頷きを出す。
サラは驚いたような目でレティを見ていたが、やがて瞳に涙を溜めた。
(私はまた、同じ過ちを犯すのかと思った)
震えるサラの前で、レティの胸が真っ白な丸い光を灯す。
「サラ様、これで……良い……ですか?」
そこから透き通った金の花が現れた。ガラス細工を思わせる綺麗なその花は、中心に丸い実をつけている。
「レティアーナさん、良く戻ってきてくれました。もう大丈夫です」
「はい……」
サラの判断にレティが表情を緩め、そして意識を手放して眠りについた。
「急いでこの花の実を届けましょう。これで呪いは浄化できるはずです」
サラは手を前に出して杖を呼び出し、構えた。
「どうするんだ?」
「私の力で、目的地へ一気に飛びます。レティアーナさんをこちらへ。二人は目的地を思い浮かべてください」
指示に従い、セリオは大人の姿になってレティを抱き上げた。
ユリウスとセリオが近くに来ると、サラは杖を上に掲げた。
先からキラキラと白い光が溢れ、それを浴びた四人はサラの家から姿を消したのだった。
レティの金の波を浴びたせいか、リックの自我は保たれたままだった。だが依然として熱が高い。
「う……」
氷水に浸したタオルを絞り、丁寧に畳んでユーシュテがリックの額に乗せる。
「しっかり、リチャード……。レティも頑張ってる」
リックがうっすらと目を開け、ユーシュテのぼんやりとした姿を目にした。その手首に触れる。
「レティ……」
「違うわ。レティは外よ」
リックの腕を布団の中に入れ、ユーシュテは静かに答えた。
ソファで本を読んでいたディノスが、ふと顔を上げる。
「レティアーナ?」
「え?」
ユーシュテはディノスの方を向いた。ディノスも本を置いて立ち上がる。
静かな部屋には、リックの呻きと苦しそうな息づかいだけ。
「まだ帰ってきてないと思うけど」
「いや」
ユーシュテの言葉を否定した。そして上を見上げる。ディノスの視線の先が、蜃気楼のように揺れ動く。
「な、何!?」
そこからいきなりぼんやりとしたシルエットが現れ、サラ、ユリウス、レティを抱えたセリオが出てきた。
「わーっ!」
サラとユリウスは着地できたが、レティを抱えていたセリオがうまく行かずに、ユリウスの背中に落ちた。
「すいません、マスター」
「いいから早く降りろ。二人乗っかると流石に重い……っ」
下敷きになり、俯せで呻くようにユリウスは言った。
「レティ!」
ユーシュテが気づいて駆け寄る。
「大丈夫です。今は寝てるだけですから」
「良かった……」
「コラ、セリオっ!先に降りろっつってんだろっ!」
自分の上で説明をするセリオを睨み付け、ユリウスが怒った。
「セリオさん、レティアーナさんの持ち帰ったものを」
「はい」
サラに頷き、セリオはユリウスから降りてレティをリックの元に連れていった。
「貴方を救いたいがために、命がけでレティアーナが掴んだものです。リチャード・ローレンス」
レティの胸に咲いた煌めく花。
「彼に花の実を食べさせてください。柔らかいので、喉に詰まらせることもないと思います」




