そして記憶の波へ7
レティは迷わず、岬から飛び降りた。
「リック様!!」
広げずに手を前に伸ばし、体を一直線にする。空気の抵抗が減って、落ちるスピードが上がった。
呼吸がしにくく、目も乾いて痛い。
(息が苦しい。リック様もこんな気持ちだったのかな)
そんなことを考えていたら、リックの下の波が少し色を濃くしていった。
そこは黒くなり、中から肌の爛れた上半身が幾つも出てくる。
「!」
彼らは手を空へ向け、このままだとリックが死傀儡の元へ落ちてしまう。
それなのに、リックは目を開けない。
「リック様!起きてください!下が……」
呼んでも反応がない。
(あの手を取りたい!!)
レティの体を金色の波が走り、翼が出てきた。
そのお陰か分からないが、スピードが更に上がってリックに近づいた。
指先が触れあい、掠めて離れる。そんなことを繰り返す。
「リック様ぁっ!」
漸く指を掴むことができた。そこからもう一方の手を繋ぐように握る。
「お願いです!一緒に生きてください!私にとってリック様は特別な人です。離れたくない人です。リック様が居てくれたから、生きようと思えたんです」
二人の先の海面までが近くなっている。体を寄り添わせた。
「リック様、リック様!私はこのまま終わりなんて嫌なんです」
首に手を回してぎゅっと抱きつく。
泣かないようにと決めたのに、藍色の瞳を透明な滴が覆う。下から吹き上げるような風がそれを飛ばし、涙が散る。
その一粒がリックの首元にぶつかった。
死んでいるのではと思わせるほどに、何の反応もなかったリックの目がうっすらと開く。
ぎこちない動きで、手がレティの腰に添えられる。
「泣いてるのか……?レティ……」
待ち望んでいた声に、レティはハッと息を飲んで視線を上に上げた。
優しいグレーの瞳が此方を見ている。
「リック様、本当に目が覚めたんですか?」
その質問に答える代わりに、リックは片手をアプリコットブラウンの髪に差し入れて、唇を重ね合わせた。
「ずっと二人で」
「はい……っ」
二人から金色の光が眩いほどに強くなって溢れ、海面にこぼれて広がった。
此方に手を伸ばしていた死傀儡は消えてしばらくして、光は小さくなり、おさまって消える頃にレティだけになった。
リックは居なくなってしまったが、レティの胸に当てられた手の中から残った光が見える。
妖精の粉のようなものを振り撒きながら、レティはそのまま一人で海に落ちた。
眠り続けるレティが落ち着き、ユリウス達三人は相変わらずずっと見守っていた。
レティが経験した悲痛な記憶を乗り越えてから、サラが出していた銀の魔法は消えてしまい、何が起こっているのかは分からずじまいだった。
苦痛の表情が消えても、自らを守るような水晶は残ったまま。
手を出せずにただ見守っているだけだと言うのは、もどかしくて戦うよりも辛いものだとユリウスは知った。
「レティ……。負けんじゃねーぞ」
小さく呟いたとき、急に水晶が金色に淡く光った。近くに寄せた椅子に座っていたセリオも立ち上がる。
「レティアーナ!」
レティの睫毛が震え、僅かに目が開いた。そして水晶は空気に溶けるように、輝きながら姿を消した。
セリオとユリウスは、それぞれ左右からレティの手を握る。
「レティ!」




