そして記憶の波へ4
レティの体から出ていた波と共に、金色の光が閃光のような塊になって弾けた。
「眩しっ!!」
三人が目を光から隠した瞬間。バキバキバキッッ!!!
激しい音がし、驚いて目を開けたらパラパラと木屑や埃が散った。
透明な金の水晶がベッドから幾つも出ていて、天上や床を無造作に貫き、山のようになっていた。
「レティアーナっ」
セリオが近づいたら静電気と思われる青い微電流が、伸ばした手を弾いた。
「これはまさか拒絶の意志!?」
「一体何なんだよ!?」
「……」
目を閉じて横に背けたまま、サラは宙に杖を出現させた。茶色のそれを一振りすれば、水晶の中に銀色のもやもやとしたものが出てきた。
そこに映るのは、レティが今体験していること。その光景をみたユリウスとセリオは衝撃を受けた。
向こう側の声までは聞こえてこないが、男にのし掛かられて必死に抵抗するレティがいた。
それでも腕を押さえつけられ、ワンピースのファスナーが外されて肌を無理矢理露にさせられている。
華奢な白い背中に男の手や舌が這い、藍色の瞳から透明な滴が流れている。
「これは、今まで過ごしてきた時間を遡っただけじゃないのか?」
「そうです。だからこれは彼女の……」
握られたサラの手が震え、目が伏せられる。ユリウスは両手を拳にして、怒りに震えた。
「こいつは昔、こんな目に遭ってたって言うのかよ!?」
ふわふわして真っ直ぐで真っ白で、心が壊れそうな経験など微塵も感じさせない普段のレティ。
信じられなかった。
「初めにオーラに触れたときに感じましたが、彼女の記憶は一部が欠落しているようです。欠落の中にも、断片的なものが戻ってきているようでしたが……」
「欠落!?」
「ええ。恐らくは、あまりのショックに心が壊れないように本能が防衛した結果かと思います」
「あまりのショックとは、この事ですか……」
痛ましい光景に、セリオは少し視線を反らした。
(記憶がないから、こんな経験があっても笑ってられたのか。だけどもし、戻ってしまったらレティはどうなる……!?)
闇の中に投げ出されたレティに亀裂が入る。そんな想像がユリウスとセリオの脳裏をよぎった。
「やめろ!そいつから離れろっっっ!!!」
「無理です。マスター!これは記憶です。流石にレティアーナが経験したことを曲げることは出来ないですよっ」
水晶の中でレティに襲いかかる男に手を出そうとしたユリウスを、セリオが腕にぶら下がって止める。
「じゃあどうしたらいいんだよ!」
「記憶は変えられない。けど、あの光景ではなく、ここに眠るレティアーナになら声が届くかもしれない」
ベッドで眠り続けるレティも涙を流していた。
「僕たちは、レティアーナを記憶の中に取り込ませちゃいけないんです。レティアーナが目的や道を見失わないように、声をかけることは出来ます!」
ユリウスの両腕をそれぞれ掴み、セリオは揺する。
「レティアーナはリチャード・ローレンスを助けて生きたい。僕はそのレティアーナを助けたいです。僕だって、彼女とまた同じ時間を笑って喋って過ごしたい。だから死なせられないです!マスターも同じじゃないんですか?」
「俺だって……!!」
記憶の中で俯せになり、抵抗も諦めてきて弱々しくなっているレティを見る。
あんなに綺麗な色をしていた藍色の瞳は虚ろになり、ただ悲しみに覆われるだけ。
「お前はいつものように、リック兄の所でボケボケと笑ってればいいんだよ!レティ!」
ユリウスは水晶に手をついた。青い電撃が腕から体へパリパリと音を立ててまとわりつく。
頭の中に今までのレティが浮かぶ。頭を打って倒れたユリウスを、心配そうに覗く姿。
弱さの中に潜む強い光を灯す、煌めくラピスラズリのような瞳。
驚いたり泣いたり歌ったり、そして最近は嬉しそうに笑ってくれるようにもなった。
『初めて名前で呼んでくれたから。びっくりしたけど嬉しくて』
(どうしてこんなにも目を離せなくさせるんだ。心配させるんだ。心を締め付けるんだ)
「レティ!しっかりしろ!俺たちがついてる!」
自分達の位置からでは手出しできない悔しさに歯軋りをしながら、ユリウスは叫んだ。
「レティアーナ!戻ることを思い出してください!助けたいもの、守りたいもの、覚悟を!」
セリオも反対側に回り、同じように水晶に触れて大きな声を出す。
見守るサラは両手を組み合わせて、レティの無事の帰りを祈った。




