そして記憶の波へ3
四歳くらいの子どもだ。よれたティーシャツにスカートを履いたその子が、レティを見上げた。
癖毛の髪は肩につくくらい。瞳の色は濃いブルー。この世の終わりのような、淀んだ虚ろな光。
(この子はまさか――)
二人の横で靴の音が止まった。
「急に出ていったら心配するだろう?」
口調は柔らかな男の声。
「!」
レティの背中に、ゾッとした悪寒が走った。
振り向けば、男は両手を広げて笑顔で言う。
「さあ、帰ろう。鬼ごっこは終わりだよ。レティアーナ」
全身が恐怖に支配された。足が、体が小刻みに震え出す。
(この方はジョアンおじ様の前の……)
自らの欲をレティにぶつけて虐げていた男。
「どうした?家はこっちだよ」
男はレティの手首を握った。気がついたら、ぶつかってきた幼いレティがいない。と言うことは、男が連れて帰ろうとしているのは今の自分なのだ。
「や……っ」
「帰って遊ぼう」
逃げようにも頭が真っ白で、どうすべきか判断がつかない。がっしり掴まれた手首を引っ張られ、レティは男に無理矢理歩かされた。
(いや!行きたくない!助けて……っ)
ぐいぐいと進まされ、街路の奥、門を開けて庭を通って大きめの家に入らされた。
そこで手を放された。
「どうして逃げるんだ?逃げたらダメだよ。お前は俺のものだ」
濁って狂気を含んだ目が、レティを舐めるように見る。
(このままだと危ない!)
本能が警鐘を鳴らし、レティは咄嗟に男の横を抜けて逃げ出した。
「おや、まだ鬼ごっこかい?なら捕まえようか」
男が追ってくる。ドア側に立たれていて、外には出られなかった。だから人目のない家を逃げるしかない。
(窓から外に出られたら)
リビングに続くドアを開けようと手を取手にかけたら、腕を掴まれた。
縛り付けるように、もう一方の男の腕がレティの腰にまわる。
「捕まえた。逃げても無駄だ。お前のような珍しい存在、手放したりするものか」
荒い息づかいが耳元で聞こえた。
「ああ、美しい」
「いやぁっ!」
「その全てを見せるんだ」
うなじにぬるりと生暖かい感触が走る。
「あ……っ!放してっ!」
体を前のめりにするが、逃げ出せるわけがない。むしろ、そのまま体重をかけられて廊下で俯せに倒れてしまう。
――キイィイン。
「!」
高い音がして、眠るレティを見守っていたユリウスとセリオが表情を変えた。
レティの表情が苦悶を訴え、体の線が金色に光る。
波打つ金の波動が体から溢れ、部屋を染めた。
「レティ?」
「レティアーナ!?」
サラが枕元に寄り、額に手を翳す。
「これは――!」
「何が起こってる」
「そんな」
手を引っ込めたサラが自らの胸元を掴み、悲痛な目をする。
「何がわかった?」
再度のユリウスからの問いに、サラは頭を振った。
「とても言えません。彼女が今見ているものは、他人には知られたくないはず……!」
「俺たちは、レティを支えなきゃならないんだぞ。何もわからないんじゃ、それも出来ない」
「だってとても惨いんです」
「待ってください!マスター」
ユリウスが焦ってサラの腕を掴む。彼女を責めないように、セリオがそこで間に入った。
「マスターが言うように、僕たちにも状況把握がいります。ここで見たことはレティアーナには話しませんし、引いたりもしないから大丈夫です」
落ち着いてセリオが言ったとき、レティの口から苦痛の声が漏れた。
「……っあ!……や!!」




