切ない想いの罪8
異形の生還となったあの優しい弟は、ポーラの肩から腕を引き抜いた。
激痛から、声にならない悲鳴が夜空を突き抜ける。
「ど、どう、し……て」
泣きながら弟の死傀儡を見るポーラは、その彼の長い爪から十字に引き裂かれた。深い紫色の髪が宙を踊った。
「ポーラぁあっ!!!」
地面に倒れた彼女を抱き起こそうとして、サラの手が途中で止まる。
血に染まるポーラは瀕死だったが、肌に亀裂が入り始めたのだ。
ここまで深く傷つけられ、ウイルスが大量に入り込んで浸透を始めたらしい。
サラは膝をつき、手を拳にする。指が土を引きずって削れた。
(もうダメだわ。このままだと死傀儡になってしまう。せめて、せめてポーラを恋してた普通の女の子として死なせてあげたい)
意識が残っているかも定かでない、虚ろな瞳で涙を流すポーラの手を握った。
「ごめんね。ごめんね、ポーラ。貴女から大事な人を取り上げて、本当にごめんなさい……。私を許してっ」
手を離してフラフラと立ち上がり、杖を天に高く掲げた。
「浄化・聖なる焔の渦!!」
暗い空から落雷のような白い光がサラに落ち、青白い炎が螺旋になって体の周りを取り巻く。
サラの炎は外側に燃え広がり、死傀儡達とポーラを焼き付くした。
「ごめ……なさっ……」
青白い炎の中で、消えていく友を見ながらサラは倒れた。
広範囲の力で浄化できたと思っていたのだが、炎から免れた死傀儡が数体いたらしい。
村に入り込み、更に犠牲者を増やしてしまった。そうしてこの島の生活は破壊されてしまったのだ。
サラは鼻をすすり、レティ達を順に見ていった。
「未だに新たな死傀儡が出てくるの。外に逃げて仲間を作ってここに戻ってきてるのか、それとも潜んでいるのかわからないけれど。私は自分と仲間の魔女の行いのけじめのために、ここにいるわ。彼らを空に返してあげないといけないから」
三人とも、サラに何と言えば良いのか分からなかった。沈黙が重苦しい。
助けたい、力になりたいという優しい想いが、まさかこんな結果になるなど。
「あの時に、万能薬のことはもう誰にも教えないと思ったわ。だけど、大切な人が死傀儡になるかもしれない苦しい気持ちや恐怖もわかる。私は……」
どうしたらいいの?と言う言葉までは、サラの口から出てこなかった。
レティはベッドに腰かけた膝の上で手を握りしめる。
「私が望めば、……教えてもらえるんですか?」
「……」
サラは目を伏せて視線を床に落とした。返事はなかったが、否定もなかった。
「私、弟様のようにはなりません。彼とは違う覚悟を持ってきました」
「!」
「例え自分が死んだとしても、とは思っていません。生きる覚悟を持ってここに来たんです」
サラの顔が上がり、青い瞳がそれぞれぶつかる。
「死ぬ覚悟も恐怖と戦って決めた、並外れた決意だと思います。私は、死ぬのは怖く無い――というか、怖く無かったんです。一度、諦めたことがあって」
レティは静かに言った。あの時、崖から海に身を投げた時。
「でも、それを引き止めてくれた人がいました。そして今度は私がそれを引き止めたい。今は……怖いんです。先に死ぬのも、残って生きるのも。だから、リック様と二人で生きる覚悟を決めました。その為なら、どんなこともやってみます」
(また……あの目だ)
セリオと共に、黙ってレティを見守っていたユリウスは思った。
自分の身を守ることすらままならない、弱い彼女がたまに見せる強い決意を秘めた瞳。揺るぎない意志の証。
「再度お願いします。私に力を貸してください」
立ち上がり、頭を下げたレティを見て、サラも表情を変えた。
「お金は必要ありません。但し、条件があります。もし本当に万能薬を手に入れたいなら……」
レティとサラの距離が縮まった。そして、レティはサラに抱きしめられる。
「ただ一つ。死なないで。自然な流れ以外での誰かの死は、もう見たくない」
「はい」
抱きしめ返して頷いた。
(私は勝手に死なない。生きて欲しいと願ってくれた人がいる限り)
レティの命は、もうレティだけのものではないのだから。




