叡智の魔女9
「体と意識がバラバラって、所謂、幽体離脱のことですか?」
「そう。それそれ。レティが昨日そんな感じに……」
「は?バカバカしい。夢でも見たんじゃないですか?」
「何で信じてくれねぇんだよ!?」
「そういうオカルト的な話を信じてないからです」
騒がしい会話が段々と近づいてくる。
レティが目を覚ましたら隣にいたはずのユリウスが居らず、ちょうど部屋のドアが開けられたところだった。
寝ぼけ眼を擦っていたら、部屋に入ってきたユリウスとセリオが声をかけてくれる。
「よう、目が覚めたか」
「おはようございます。レティアーナ」
「つっても、もう十時だけどな」
「え!」
部屋の壁掛け時計を見たら、確かにあと何分かでその時刻だった。
「疲れてそうだったから、起こせなくてな」
「すみません!」
レティは慌ててベッドから下りて、二人の元へ走る。洋服のままだったから、着替える必要はない。
「食堂にレティアーナの分の朝ご飯を残してありますから、行きましょう。準備ができたら出発しますよ」
「はいっ」
「その前に、フェイスタオルです」
セリオは手に持っていたタオルをレティに差し出した。
「そこのドアを開けたら風呂場に洗面所があります。顔、洗いたいでしょう?」
「ありがとう」
ユリウスの部屋は、風呂が併設されてるらしかった。
顔を洗って拭き、レティはまた二人のところに戻った。
「ユリウス様のお部屋は便利ですね。リック様のお部屋にはお風呂はなくて、いつも大浴場を利用されるんです」
「ここにも共用の浴場はあるんですよ。ただマスターは面倒くさがりなので、部屋につけてるんです」
「へぇー」
「夢中になると食事以外の身の回りのことを忘れる人なので、最長一週間入らずにいたことが」
「おまっ、余計なこと言うんじゃねぇよ!」
そんな話をしながら移動し、食堂でも漫才に近い二人を見ていた。
(リック様とユースちゃんみたいだなぁ)
サラダとハムエッグ、パンを食べてお腹を満たし、歯を磨いて待っていたセリオと外へ出た。
甲板にはユリウスがいて、雪狼を遊ばせながら餌をやっていた。
「来たか」
「はい」
「じゃあ行くぞと言いたいところだが、どこに行けばいいんだ?セリオ」
「普通に移動をしていたのでは時間がかかりすぎます。どこでもいいので土のある陸に行って貰えれば、後は僕の力で移動できます」
「わかった。じゃあ、近くの陸まではこいつで移動しよう」
ユリウスは雪狼の体に手を当てた。
「お二人とも船を不在にして、大丈夫でしょうか?」
「平気ですよ。最近、敵船も現れずに力をもて余してる男ばかりです。仮に面倒に巻き込まれたとしても、溜まった力で押し返すでしょう。マスターがいきなり出掛けてしまうのも日常茶飯事ですし。まあ、副船長は残ってますから」
「セリオくん、副船長じゃないの?そうなのかと思ってた」
お目付け役のようにユリウスと一緒にいるし、契約者でそこそこ戦闘に慣れていそうなので、勝手に副船長だと思っていたのだ。
「僕は一人のクルーに過ぎません」
セリオはそう言って、雪狼の背中に上った。そしてレティへ手を差し出す。
レティがその手に触れたら、雪狼は乗りやすいように背を低くしてくれ、セリオの後ろにつくことができた。
最後にユリウスが軽々と乗り、雪狼が立ち上がる。
「近くの陸に行ってくれ」
雪狼は甲板を蹴って海へ飛び出した。風に煽られて、レティの髪が靡く。
「しっかり掴まっててくださいね、レティアーナ」
「うん」
セリオの小さな体に手を回す。後ろからはユリウスが支えてくれていた。
(叡智の魔女様が、セリオくんの知る場所にまだ居ますように……)
レティは心の中で、神にすがるように祈った。




