叡智の魔女5
「出発は明日にするとして、寝るとこはどうすっかな……」
「僕の部屋に来ますか?弟が欲しかったんですよね?」
ニヤッとセリオが悪い笑いを浮かべた。
「いいの?」
本当は大人だと言うことをころりと忘れたレティが頷きかけ、ユリウスが口を挟む。
「おいおいおい。ダメに決まってんだろ。そいつは子どもじゃねぇって、何回言ったら分かるんだ?セリオと一緒の部屋にしたなんて知れたら、リック兄の逆鱗に触れるだろ」
「私、お許しがもらえるのでしたら、こちらで寝させてもらっても……」
「そういうわけにもいかねぇだろ」
「夜遅くとか朝早くとかに音がしても大丈夫です」
「いや、違ぇ。だからボケボケだって言ってんだよ」
この船のクルー、つまり男達が自由に行き来できる場所で無防備に寝ると言うことは全く考えていないらしい。
「他に寝られる部屋もないし、俺の部屋で寝かせるか」
「えっ!?」
「何だ?」
思わず上げたレティの声に、聞き返される。
「俺かセリオの所なら、物好きな奴も入ってこられないだろ。ただセリオと一緒にするのは、それはそれで危険だからな。となると選択肢が他にないだろ?」
「チッ」
「こら。……舌打ちすんな。聞こえてっぞ」
セリオの舌打ちを聞いたユリウスが突っ込む。
「心配しなくても、この間みたいなことはしやしねぇよ」
「はい。でもそういう心配はしてなくて……。ご迷惑じゃ」
「今更、――だろ?」
レティが頷き、またユリウスに撫でられた。
不安げな表情をされると、撫でれば落ち着くのではないかと思わせる雰囲気がレティにはある。
だからリックもユリウスも、小さな子どもにするように撫でてしまう。
だが確かにそうすると、表情が和らぐのだ。
「こっちだ、レティ」
ユリウスが立って、先に歩き出した。
「!」
レティは口を少し開けて、その背中を見つめる。
(ユリウス様が……)
ついてきていないと分かり、ユリウスが足を止めて肩越しに振り返る。
「ん?」
(ボケ女って言って、今まで呼んでくれなかったのに)
レティは駆け寄って、ユリウスの後ろに立つ。
「名前……」
「?」
「初めて名前で呼んでくれたから。びっくりしたけど嬉しくて」
「ああ……」
そう言えば、とユリウスも気がついた。
「ありがとうございます。少しだけ、ユリウス様に近づけた気がします」
合わせた手を口元に持って、レティが笑う。
ユリウスの前で笑うことはあまりなかったからか、今度は彼が驚いてそして少し赤くなった。
「マスターは天然人たらしですか?」
セリオがユリウスの隣で足を止め、面白くなくて嫌味を言った。
「あ?」
「レティアーナに手を出したり、たぶらかしたりしないで下さいよ」
「お前じゃあるまいし……」
「どうですかね?」
「お前、何怒ってんだよ」
「怒ってないです」
そう言いながらもむっつりとした顔で、セリオは唇を尖らせている。
元々恋に疎いユリウスは首を傾げた。
「セリオくん……?」
セリオの様子に不安を覚えたレティが声をかければ、すぐにいつもの表情に戻った。
「お休みなさい、レティアーナ。寝てても僕のこと忘れないで下さいね?」
小さな弟が甘えてくるような表情で、セリオはレティの腰に手を回した。
やっぱりセリオは可愛くて、レティはキュンとしてしまう。
「うん。また明日ね、セリオくん」
(セリオのやつ。どっちがたらしだよ。……まったく)
ユリウスはため息を噛み殺した。そしてレティを連れて、自室に戻った。




