それぞれの決意2
俯き加減だった顔が上がり、それを見た全員が息を飲んだ。
顔は爛れて火傷の痕のようになっており、吐かれた息は煙のように灰色だ。
「全員下がれ!」
一番後方にいた船医が叫んだ。
「これは死傀儡だ!ウイルスに感染させられたら、治療薬がこの船にない。薬を投与するまでに堪えられなかったら、こちらも死傀儡になるぞ!」
「死傀儡ぃい?どうやって倒すんだ!?」
「聖水がいる!」
「ないだろ、そんなもの!」
「そうだ。だから追い出すしかない」
「どうやってだよ!!」
聖水はめったに人が足を踏み入れない奥地などの自然の力が高まった場所の水に、更に神秘の力を強く持った神官などが清めを施したもの。そうそうお目にかかれるものではない。
戦う術が分からず、戸惑いと焦りが広がる。
「うっ、うがぁああッッ!!」
喉が潰れそうなガラガラの叫びを上げて、死傀儡が走ってきた。
(リック様もディノス様も側にいない今、自分たちで何とかしないと)
「レティアーナちゃん、下がって」
クルーの声がしたが、レティは死傀儡を見据えた。
(皆を守りたい……!!)
レティから金の光が波紋のように広がる。甲板から船を通った。
(せめて、リック様がいらっしゃるまでの間だけでも)
レティを境に、薄い壁ができた。死傀儡は微電流のようなものに阻まれて、壁以上には進めないようだ。
(壁みたいなのが出た……!)
「ぐるぅあああ!」
進めないことが分かると、薄い壁を叩き割ろうと考えでもしたのか右手を振り上げ、ガツンガツンとぶつけてくる。合間にあの灰色の煙も吹きかけられ、壁が波打つ。
「きゃっ!」
レティが驚いて、壁が歪みかける。慌てて床についていた手を拳にし、息を吐いて心をしっかり保つ。
(私が心を乱しちゃダメなんだ)
「レティアーナちゃん、無理するな」
「大丈夫です!せめて、リック様達が来るまでは何とか皆さんはお守りします」
見た目頼りない光の壁を挟み、敵はレティの目の前だ。
(怖いけど、でも。ここは私の家だもの。家をめちゃくちゃにはさせない……)
頑張るレティを見たクルーが、船内に続く扉を振り返った。
「船長……」
「キャプテン!」
「リチャード船長っっ!」
細い腕が震えてきた。全身が熱くて汗が滲む。これだけの大きな範囲を守るとなると、負担が大きいのだ。
手加減ない死傀儡の攻撃で、ピシッと壁に小さな亀裂が入る。
リーダーを呼ぶ彼らの声に混じり、レティも前を見たまま叫んだ。
「リッ……ク様っ……!リック様ぁっっ!」
「ここだ!」
レティの背後で扉が開き、リックの声がした。
後ろは見られないけど、風にはためくトレードマークのロングジャケット、切っ先が銀色に光る剣を手に持って立っているとわかった。
「遅くなってすまない。何事だ?」
「何の侵入だ」
リックと一緒にディノスも来たらしい。そして、船に見える光景に気づいた。
「壁?」
「船長、レティアーナちゃんがあの壁で食い止めてくれてるんです。死傀儡を」
「死傀儡!?」
時折波打ちながらも聳える壁。
死傀儡の一番近くにいるのはレティで、侵入を阻んでいるのも彼女だとわかった。




