INNOCENT PRINCESS8
「む……」
リックのベッドでは、レティが何やら口を僅かに動かして身動ぎした。
軽く握りしめられた手を、人差し指でツンツンとつついてみた。何時もよりもずっと小さな手、体、足。
無邪気さも純粋さも更に際立って、振り回されたけど振り返って思えばやっぱり可愛かった。
レティの幼い頃はどんなだったか想像しなくても、実際に見られたのだ。少し嬉しい。
「早く大きくなれよ」
今の姿も可愛いしどちらのレティも愛してるけど、でもやっぱりいつものふわふわとした行動をするレティに、あのハンドベルのような涼やかな声で名前を呼ばれたい。話したい。
そんな願いを込めて、寝顔にそっと声をかけた。
背中をゆっくりと叩いてやっているうちに睡魔はこちらにも伝染してきて、欠伸をしながらリックもうとうとと目を閉じた。
真っ白な世界にポツンとレティは立っていた。
早く大きくなれと願う声が聞こえる。
(わたしを待ってる人がいる。早く帰らなくちゃ。でもそれは誰?……思い出せない。それに帰り方がわからない)
上を見ても下を見ても、左右も白い。これは暗闇と変わらない。広いのか狭いのかわからなくさせる所が。
もやもやとした不安に襲われた時、頭の中に一瞬風に翻る赤い何かがちらついた。
レティの胸がどうしょうもなくざわめいた。胸が甘く切なく締まってどうしようもなく。
(体中が叫んでる)
「リック様!!!」
白い世界が色を取り戻して、青い海と空、そこに浮かぶ船が現れる。
そこに立っているのは……。
甲板に立っていたリックがこちらを向いた。赤いロングジャケットを風にはためかせ、腕がこちらに向く。
(今、戻ります……!)
レティが目を開けたら、隣でリックが眠っていた。
ポロポロと涙が溢れる。
(私、戻れた……)
くぐもったような声に気がついて、リックは目を開けた。
自分の上に覆いかぶさるように、波打つ髪と華奢な体が見える。もう子供の姿ではなかった。
「起きたか、レティ。泣いてるのか?」
「また、リック様のお側にいるって感じられて嬉しいんです」
「俺も嬉しい」
リックの手がレティの頭に乗り、指が髪に入って梳かれる。
「お帰り」
「ただいまです」
しばらく経って、リックが口を開く。
「レティ」
「はい」
「感動の再会に水を差すようで悪いんだが。格好がちょっと刺激強いというか……」
レティは体を起こした。小さい服は体に合わずにビリビリに破れ、ワンピースのスカートはお腹を締め付けている。
「あ、あ、あ……」
涙が引っ込んで、代わりに下から上に熱が登る。
「きゃーあぁああっっっ!!」
体を丸めて伏せてしまった姿が予想通りで可笑しくて、リックは声をあげて笑い出した。
(もー、最悪です……っ)
【溺愛の章】 終わり




