見慣れぬものにはご用心
存在、歌で心を震わせるキミ。
甘さも優しさもそれが罪のように
新たな者の心を惹き付け
奪っていく。
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「んー……?」
レティは首を傾げ、ある一点をじっと見ている。
リックに連れられて、まさかの海賊船に入って数ヵ月。海上の生活に慣れたと言っても、まだまだ物珍しいことはたくさんで。
今日は洗濯物を干すのも、食堂で野菜の皮剥きの手伝いをするのも終わってしまって、自由時間。
猫っ毛の癖で波打った髪は上部を少し掬い上げて、大切な人からもらったバレッタで留めている。
本日の服装は薄いピンクのブラウスに、裾に草と花の模様が入ったグレーのスカート。太股に手を当てて屈み込み、藍色の目をパチパチさせている。
彼女の興味の先には……。
カカカカ。座ったまま後ろ足で頭を掻く生物。手のひらに乗るくらいの真っ白な子犬。
「んー」
船内で過ごしてきて、この方一度も見かけたことのない生き物。
そっと人差し指を向けて頭に触ろうとしたら、犬が目を鋭く光らせてカプリと小さな口が噛みついた。
「ひゃー!」
全然痛くはないが、とても冷たい。
「レティアーナちゃん?」
呼ばれてレティは振り返った。
「何見てるの?」
通りかかった仲間が訊ねてきた。
「それがですねぇ。ここに……」
説明をしようとしたレティが急に翳る。太陽が遮られ、自分の影さえも消えて。
そして、クルーがレティの後ろを指差した。
「ちょっ、それ……!」
レティの背中が引っ張られ、足が床から浮いた。
「あら?」
とてつもなく大きな犬――ではなく、先程の子犬が巨大化したものには違いないが、これは狼。
大きな足で船の縁に前足をかけ、口にレティの背中の服をくわえていた。
ここまで大きくなれば見張り台にもはっきり見えて、警告音が鳴る。
白い狼は音に少しも動じずに、頭を下から上に振ってレティを放り投げた。
「きゃ――!……あふっ!」
ぽすっと落ちたのはその狼の背中。
さっき噛まれたときのように、とても冷たいそこ。
俯せに着地したレティが起き上がる前に、海へ走り出してしまった。
ポカンと見ていたクルーと見張り台からの声が重なる。
「うわぁあ!!レティアーナちゃんが連れてかれたぁあ――!!!」
いつも通りの危機感のなさから何だろうと言った感じで、レティは狼の背中から水面を見ていた。
冷たすぎるこの感覚で、どうも雪の狼らしいがとわかる。
水面に触れて溶けないのは触れたそこが瞬時に凍っているかららしい。
それが足場になっている為、水面を走れるというわけだ。
「はえぇ……」
抵抗して暴れたら海に落ちる為、大人しいのは当たり前だが、助けを求めるよりも感心してしまう。
そうしてどのくらい経った頃だろうか。
流石に服もじわじわ湿ってきて、触れている腹部が冷えっぱなしだ。
(ずっとこのままだとお腹が痛くなっちゃう……)
そう考えていたとき、狼が後ろ足で凍らせた水面を蹴って飛び上がった。
身体がずり落ちかけ、思わずしがみついた。そして着地したそこは。
大きな船。広い帆に、見上げたら見張り台のずっと上にはためく海賊旗。
(あれ?もしかしたら、来たらまずかった……かも?)
起き上がろうとしたら、狼が体をブルブルと震わせ、レティは背中から知らぬ海賊船の甲板に転げ落ちた。




