忌まれる美しき歌声の理由(わけ)5
「それで自分は島に戻って、そしてその日に通りで走ってきた子どもとぶつかったんです。それがあの子でした。レティの様子は子どもらしくない挙動不審なもので、酷く怯えておかしかったんです」
ジョアンはテーブルに肘をついて両手を組み、額を乗せた。彼の武骨な手は震えていた。
良くない予感にリックは眉を潜め、ジョアンの次の言葉を待つ。
「あのっ……あの子、はっ」
話す声が手と同じように震えて掠れていた。
「その時の里親の男に、……性的虐待を受けてて。家では無理やり体を触ってました。奴がレティを連れて外に遊びに行くと言って、外で強引に歌わせ……金を稼いだりしてたんです。外面は良かったし、外出させるときは肌の見えない服を着せていたから、島の皆は気づかなかったそうです」
逃げ出してきたのであろう少女。
ぼろ布を纏っているのかと勘違いするくらい、汚れて引き裂かれたTシャツ。見える肌から覗く鬱血痕や傷、乾いた涙の残る頬、赤く充血した目。
今思い出しても、胸が切り裂かれるように痛む、一目でおかしいとわかる姿。
「レティを宥めて抱いて案内させ、その時の家に向かいました」
そこにいたのは、庭で鎖のついた枷を持ってうろうろとレティを探す男。
男の表情が狂気じみていて、レティは小さく悲鳴を上げ、震えながらジョアンにすがりつき、気を失ってしまった。
「一旦街に戻り、あの子を町長に預けてまた家へ向かいました。話し合いができずに争いになり、町長が呼んだ隣の島の保安官に奴は捕まりました。今は刑務所にいるはずです。意識を失ったあの子が、医者の元で数日後に目覚めたとき、言動と会話の内容から、それまでの大半のことを覚えていないことに気がつきました。自己防衛の本能と、医者は言ってた気がします」
リックの耳にレティの言葉が蘇る。
『両親の住んでいたところを見てみたいんです。私、あまり二人の記憶がないので……』
(そういうことだったのか)
「町長から全てを聞きました 。友人であり、惚れていた女の忘れ形見ですから。あの時の俺は若僧で、子育ての子の字も知っちゃいなかったんですが、レティの育ての親になるのに、一つも迷いはなかったんですよ」
レティの母親のことも思い出したのか、ジョアンが少し鼻をすすった。
「レティの母親は、娘についての日記のページを破り、何枚か持ってきてたんです。診療所の医者が、自分に渡す為に保管してくれてたものなんですが、それを読んで驚きました。レティは、彼女の子でもなかったんですよ」
「何……?どういうことだ」
初めてリックが話の間に口を挟んだ。
「レティは、あの二人が森を散歩していたときに見つけたそうで……。母親は――何つったか病名は忘れちまいましたが、子宮を摘出して子どもが出来ない体だったらしいんです。産みの親からの手紙も無かったから、神様の贈り物だって思い、連れて帰って育ててたとのことです。話を聞いた他の連中の反対も聞かずに。何処から来たんだろうなぁ」
ジョアンが乾いた喉を潤すために、もうとっくに冷えてしまったコーヒーの中身を一気に飲み干した。そして立ち上がる。
「自分からあの子について話せるのは、これくらいです」




