HAPPY BIRTHDAY
船に帰ってからあることが気になって、リックと厨房に戻った。
彼が水を飲んでいる間、レティはカウンターの椅子に膝をついて身を乗り出し、シェフに問う。
「あの、ジャン様は……」
「ジャンノット料理長!レティアーナさんがご用だそうです」
シェフがジャンを呼び、彼がカウンターにやって来る。
「リック様の……、その、……ケーキは」
口元に手を当ててコソコソと問う。
全て言わずに悟ったジャンが歯並びのよい歯を見せて笑い、小さな声で答えてくれる。
あの大騒ぎで、折角森まで取りに行ったフルーツは無くなってしまったからだ。
「確かに予定の果物はなくなっちまったけど、新鮮なフルーツはたくさんあるからねぇ。大丈夫だよ」
「そうですか……」
レティは胸を撫で下ろした。
そんな彼女の様子を見て、ジャンは人差し指を天井に向けてある提案をした。
「そうだ。お嬢ちゃんも明日の昼、時間があるならケーキ作りやってみないかい?」
藍の瞳がキラキラと光をともした。
「良いんですかっ?」
「ああ、いいともよ。おいで」
「はいっ!」
何やら嬉しそうなレティの様子に、リックは微笑ましくその背中を見守るのだった。
「夜が明けたら忙しくなりそうですっ」
風呂上がりに髪を乾かし、只今リックの部屋。
ソファの上に足を上げて体操座りのような格好で、何やら想像を膨らませていて楽しそうな彼女。
何をするかは大体想像がつくが、言わずにおいた。
そんなレティの隣に着替えて腰を下ろしたリックは、テーブルに酒瓶を置いて言った。
「どうしてこれを選んだんだ?」
「味とかアルコールの強さとか説明して頂いたんですけど、ちょっと分からなくて。だから、名前です。このお酒は『A Marine King』と言うそうで、つまり海の王者ってことです。リック様みたいだなって思って」
店のカウンターでマスターに持ち帰りを交渉したり、説明を聞きながら必死に選ぶレティの姿は容易に想像できて、実に微笑ましい雰囲気だと思った。
瓶を見たところ、アルコール度数は強めのようだ。
「多分、口に合うと思うぞ」
「だと嬉しいです」
「今から飲んでみるか」
予想通り、レティの顔が好奇心にワクワクとした。
一度その頭をポンポンと叩いて、グラスを取るためにリックは席を立った。
暫くして、氷を入れたグラスを取ってきたリックが中身を注ぐ。
酒の名前に海が使われていただけあり、青い液体が注がれた。
一口含めば、少しの辛さと酸味が同時に舌を滑る。
「美味しいですか?」
「ああ。美味い」
「それは良かったです。お酒のことはそんなに詳しくないから」
レティが嬉しそうに笑う。
ジョアンの酒場で働いていたと言っても、メニューから注文を聞いて運ぶのが仕事だった。
だから酒そのもののことを知っているのは、養父の方だった。




