操り人形(マリオネット)の歌姫8
リックは静かにレティの話を聞いて、そして優しく髪を撫でた。
「レティ。不安に思うことが出てくるのはしょうがないと思う。今まで経験のないことばかりだからな。俺たち海賊みたいに普通とは違う生き方をしてると、それなりに困難は出てくる。だけど、それも冒険の一つなんだ。そしてその代わりの自由だ」
レティの体が温かくなった。リックが抱き締めてくれたからだ。今度は緩めに優しく。
「何か抱えているなら話してくれ、レティ。泣いたり不安に思っても良いから、俺の前でそうしてくれ」
「だけど、それじゃリック様のご迷惑になってしまいます」
「そんなこと思わない。俺はそれでもレティがいいんだ。一緒にいたいんだ」
そう言って、レティの前髪に軽く口づけた。
「レティは何もできないわけじゃない。レティが思いもよらないところで、何度も助けられてる」
レティの島で岬から飛び降りたときも、アルとの共闘で二人倒れ掛けたときも。
歌を歌えば心が休まる。やんわりした笑顔や優しさは、疲れも思い煩いも全て吹き飛ばす。
確かに鈍感で、本人は真剣なつもりの行動が空回ってたり、ド天然だったりと困らされることはあるけど。
きっと今では、あの船の誰にとっても失くせない、そんな存在。
「レティ、今までの俺の話をきちんと聞いていたか?」
「?」
レティの顔が上がった。澄んだ藍の瞳の中にリックがそれぞれ映る。
「俺はレティのいない時間なんてもう考えられないし、きつく締めて逃げたくても逃がしてやれないと言ったが」
「は、はい……」
「やっぱりレティを放すことはできないみたいだ。出ていかれると思っただけで、目の前が真っ暗になったように感じた。どこにも行くな、レティ。じゃないと俺が狂う」
こんなにも心を乱すのはキミの存在だけ。どちらが溺れているのか分からないほど、心が囚われて沈んでいく。
レティの唇にリックの愛情が重ねられる。藍の瞳が隠れ、長い睫毛から涙が溢れた。
レティはリックの唇が離れてから小さな声で言った。
「船の、リック様の所にいたいです……。許される限り」
「許しはいつでも与えられるさ」
立ち上がり、リックはレティに手を差し出した。
レティは膝の上の酒瓶を持ち上げる。
それをリックが片手で持って、レティの指と自分の指を絡めた。
不思議だ。リックはいつだって不安も何もかもレティの心から洗い流してしまうから。そんな彼が言う。
「俺にとっては、レティと一緒にいる時間が全て、記念日のように特別な毎日だ」
「私も同じです!お揃いです」
「そうだな。そういえば、レティ。一人でこんな時間に外を歩いてたらダメだぞ?危ない」
「大丈夫ですよ。島の時、毎日遅くに帰ってましたから」
(それで……。何も気にせず外に出ていったのか)
相変わらずの危機感のなさに、リックは苦笑いを浮かべる。
「せめて、これからは声をかけていってくれないか?色んな治安の場所もあるから、俺が心配だ。レティに万が一何かあったら、マスターにも心配かけてしまうだろう?」
「そうですね……。わかりました」
素直なレティは頷いて了承の意を示す。
どちらともなく繋いだ手を少し振って、仲良く歩いて帰った。




