風邪引き歌姫さん3
「リック様、ごめんなさい……」
自室のベッドの上で、医務室から借りた保冷剤を入れたタオルを額に当てながら、脇に腰を下ろしたリックに申し訳なくて謝った。
リックは布団の上からレティをポンポンと叩いて、脱力した笑いを見せた。
「一人で暮らしてたからしっかりしてるのかと思ってたけど、意外とおっちょこちょいなんだな。レティは」
「はい。実はジョアンおじ様にも『ハラハラさせられる』って、よく言われてました……」
正に目に入れても痛くないくらい過保護に育てていた彼なら、心臓を飛び上がらせられてるだろうとリックは思った。
レティはため息をついて、リックに不安げな視線を送ってくる。
「ん?」
頭を撫でながらどうしたと問えば、小さな声が返ってきた。
「呆れた……ですか?」
しゅんとした表情のレティ。嫌われたら嫌だなと思っているのがすぐに分かり、愛おしさが込み上げた。
「いや、むしろ可愛い」
額には保冷剤があるので、頬と唇に一度ずつキスを落とした。
レティは嬉しそうにしながらも恥ずかしいらしく、少し布団を引き上げた。
「可愛いけど、できれば俺の前だけでな。限定で」
「はい……」
他のところではもう少し気を付けてくれると助かる、という意味を込めてリックは言った。
レティは頷いて返事をし、それから見上げてくる。
「あ、あの……リック様……」
「何だ?」
「寝るまでここに居てくれますか?」
「ああ、分かった」
「リック様の側にいると、安心できるんです」
なんて、可愛いことを言う彼女。
レティのこういうところがリックの表情を穏やかにさせるのだ。
「そんなに一緒にいたいなら、ここのベッドを無くすか?」
そうすれば、また一緒に寝られる。そんな冗談に対し、レティは困ったような顔をしながら嫌だと否定もしなかった。
「俺の部屋に来たければ、いつでも来たら良い」
「はい……」
レティは心地よさそうな息をはいて、目を閉じた。
リックはレティの髪を撫でて、寝てしまうまで見守っているのだった。
「ふぇ……っくちっ!」
自分のくしゃみで目を覚ましたレティ。
手を伸ばして枕元の時計を見たら朝の八時だった。
いつもはもう少し起きるのが早い。起きる時間が決められていないとは言え、今日は寝坊だ。
少し身震いをしながら額の上に当てて温くなった保冷剤とタオルを置き、ベッドから起き上がる。
床が少し不安定な今日は、やや海が荒れているようだ。船の揺れがある。
立っている足に力を入れて、袖口がふわふわとした七分袖のブラウスとシフォンスカートに着替えた。
食堂に行く前に医務室に行き、保冷剤とタオルを返さねばならない。
それなのに眠気もとれなくて、欠伸をしながら借りものを持って部屋を出た。
医務室に行ったら、「たんこぶは出来なかったかい?」と船医に聞かれた。大丈夫だと答えて持ってきたものを返し、通路を歩いていたら大きな音が鳴った。




