風邪引き歌姫さん
【溺愛の章】
一度キミに気づいてしまったら
心奪われ存在に溺れ
離れられなくなる。
それはそれは甘い毒のような浸食――。
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(ど……どうしよう……)
思いもよらぬ大ピンチ。レティは膝を抱えてしゃがみこんでいた。
現在大浴場。大好きな大好きなくつろぎタイムを終え、バスタオルで体と髪を拭いてタオルを体に巻いた後のこと。
持ってきて、棚にあるべきものがなく。
(パンツが……)
そう。パンティが見当たらない。
対になるピンクの小さなブラジャーや夜着ならあるというのに。
正に床に手と膝を着いて、下着を履かずに帰る勇気を出そうかと迷っていた。
夜着のショートパンツを履けば外から分からないとは言え、大浴場からレティの部屋までは少し距離があったりする……。
(恥ずかしすぎる)
水分を少し含んだタオルを巻いたままで、少し肌寒く感じた。
「……っくしゅ!」
鼻水が出そうな気がして、少しすすった。
リックは食堂でコーヒーを飲んでディノスと少し雑談をし、部屋に戻っていた。
少し薄暗い通路を歩いていたら、あるものが目に入った。
床の端に控え目に落ちているピンク色の小さなもの。
(何だ?ハンカチか……?)
拾い上げて、目が点になった。小さなレースやリボンがついた可愛らしいそれは。
「――っ!」
(ちょっ、これ……パンツ……)
この通路を少し先に進めばリックの部屋で、その少し手前を曲がって一番手前がレティの部屋だ。
この船内に女性は二名。
ユーシュテはディノスの部屋住まいで、方向が真逆。と言うことはレティのだろう。
船員が来にくいこの夜遅い時間、彼女が風呂に入るのも知っている。
(どこまで抜けてんだ?)
他のクルーに気がつかれずに良かったと言うものプラス、風呂場で気づいたレティがあたふたしている表情を思い、ため息をついた。
リックは部屋に帰らずに大浴場へ足を向けるのだった。




