歌声は岬で5
(これ以上突っ込むのは酷だな)
レティ本人から聞き出すのは無理そうだと判断したリックは、話を変えた。
「もう一つ聞きたいことがある」
「はい。何でしょう?」
レティは表情から悲しみを消し、首を傾げた。
「もし、外で自由に歌えるきっかけが与えられたら、今すぐ島を出るか?」
「……えっ?」
長い睫毛がパチパチと上下した。それから丸い藍の瞳がリックを映す。
どう言うことなのか、何を言われているのか考えているのだろう。顔を見ればそれが分かる。
彼女は一生懸命考えているようで、すぐに答えなかった。
(やはり鈍感か)
こう何度も同じことを思わせられて、レティに悟られない程度に笑う。
なので、彼女にも分かりやすく言った。
「俺のために歌え」
「あ、はい。時間のあるときにでしたらいつでも……」
「そうじゃない」
リックは頭を振り、右手で待ったをかけてレティの言葉を遮った。
「契約をしよう。歌うことを我慢しなくていい、外の世界へ連れていってやる。俺について色んな所を回れば、故郷にも辿り着くだろう。その代わり歌いたいとき、俺が望むときは俺のために歌え」
「でも」
「心配するな。やれない理由……枷になっている足止めの理由は何とかしてやる。だから純粋に、『俺についてきたいか否か』を考えろ」
(そんな、急に言われても……)
眉尻を下げて困ったような表情をするレティ。
リックはそんな彼女のグラスを掴んでいた白い手首を取り、細い指を自分の手の上に乗せた。
「今この場で答えを出せとは言わない。……そうだな。明日一日考えておいてくれ。明後日の朝、迎えに来る」
リックはレティの指先に一瞬、軽く唇を乗せてすぐに離した。
普段は血色の悪いレティの青白い頬が、真っ赤に染まった。そして口づけを受けた指先がふるっと小さく震えたのが分かった。
「いい返事を期待してる」
レティの手が温もりからスルリと抜けて解放される。同時にリックが立ち上がった。
「じゃあな」
客人を外へ見送るのも忘れて呆然と立ち尽くしていたが、ドアが閉まった後で我に帰り、レティは外へと走る。
(リック……様……)
夕陽の染め上げるオレンジの景色の中、徐々に遠くなる深紅の背中。
昨日と同じように見えなくなるまで見つめていた。
胸の上で両手を握り合わせたまま。




