歌声は岬で4
「ありがとうございます。お酒とお料理を褒めてくれてたって、おじ様に伝えておきますね」
「……あ、ああ……うん」
彼女は、美味な飲食を褒められたと受け取ったらしい。
お礼まで言われ、彼は右上に視線をあげた。ため息だけはどうにか噛み殺す。
(鈍感度が濃いな)
その男の内心を全く理解していないレティは、再び喋りだす。
「そう言えば昨夜お世話になったのに、まだ自己紹介もしていませんでしたね。私、レティアーナと言います。おじ様からはレティと呼ばれてます。恩人様、良かったらお名前をお伺いしても……?」
「リックだ」
「リック様……」
大切な言葉であるかのように、レティは深紅の男、リックの名を口にした。それから、冷たいグラスに両手を添えて訊ねた。
「リック様は、この島に最近いらしたのですよね?お顔に見覚えがないので、そう思っていたのですけれど」
「ああ、そうだ。色んな所を巡っている」
「素敵です。私も成人したら、ここを出て外の世界を旅するのが夢なんです」
「別に成人を待たなくても、旅くらいできるだろう?」
「いいえ。せめてあと三年、成人するまでは、愛情込めて育ての親になってくれたおじ様の手伝いがしたくて」
「……そうか。外に行くとは目的地でもあるのか?」
レティはコクリと頷いて、視線を玄関の写真立てへと向けた。
「両親の住んでいたところを見てみたいんです。私、あまり二人の記憶がないので……」
数えるほどにしかない記憶。その中でもよく覚えているのは……。
「昔、住んでいた家だと思うんですが……。そこで母がピアノを弾いていました。それも一曲しか覚えていなくて、忘れないようにたまに歌っているんです」
(両親を奪った筈の海を見ながら歌うのは、海を見ていると言うよりも、その先の家族が住んでいた何処かの地に想いを馳せてか)
リックは海を見つめるレティの後ろ姿に、哀愁が漂っていた理由を悟った。同時に疑問が沸く。
「その曲がどうして歌うことを嫌がられる?」
曲名が思い出せないのだが、聞いたことがある。
特にどこかの故郷の曲と言うわけでなく、恐らくメロディーそのものを耳にした者は、他にも多くいるだろうと思った。
「それ……は……」
レティの視線が写真から手元のグラスへと移る。その表情、瞳は曇って哀しみに溢れていた。
何かを考えていたようだが、直ぐに顔を上げた。
「お話しすると長くなって、……えっと……それから、きっと貴方のお耳を汚してしまいます……」
努めてやんわりと少しの笑いを浮かべて言う彼女は、微笑んでいると言うのに泣くのではと懸念させた。




