従者の正体7
「もらったぁあ!てめぇの血飛沫寄越せぇえ!」
「ああっ!リック様、危ない!」
キィイイイ!獏の緩慢な黒い霧の追撃を交わし、鳳凰がギルに上からのし掛かった。
両足でギルの腕を掴み、仰向けに固定する。
「クッソォオオ!重い!離れやがれこの鳥がぁあ!」
ジタバタするが、びくともしなかった。
「情けないやつだ……」
ウィルは横目でばたつくギルを見、ため息をつく。それからリックに視線を戻した。
「契約者の弱点、知っているか……?」
「!」
リックの目が見開かれる。
「しまっ……!」
ウィルの口の端が上がり、右手がリックの左目を覆った。
「獏!」
ウィルの声に反応して、獏の目が光った。体から発生した黒い霧がウィルの手に吸い込まれる。
「封縛!」
「!!!!」
リックの足元と目の上に魔法陣が浮かぶ。目の上の陣を霧でできた黒い鎖が貫いた。
ギィイイイ!鳳凰が叫び声を上げたと思ったら、風になって姿を消す。
残った風がリックの左目に吸い込まれた。
「あ?自由になった?」
ギルが瞬きをした。
「ぐぅっ……あっ!」
「リック様っ!」
レティの目に、左目を押さえて浅く呼吸をするリックが映る。
「獏は簡単な呪縛をかけられる。特級の相手だから長くは持たないが、少しの間さえあれば十分だ。弱点を敵に晒したのが運の尽きだったな」
リックの左目がぼやける。暗くてほとんど何も見えなかった。
(まずい……)
顔をしかめたその時、隙を見られて剣が弾かれた。
リックの剣が回りながら床を滑る。直後に肩を蹴り飛ばされ、軽く吹っ飛んだ。
「っ!リック様!」
不自由な体で身を乗り出そうとしたため、レティを戒めている鎖がジャラリと重い音を立てた。
倒れたリックはすぐに起き上がろうとしたが、ウィルに左肩を踏みつけられる。
「ぐっ……」
「さっきまでの勢いはどうした?そんなことじゃ、あの女もお前も死ぬぞ」
こんなに近くにウィルがいても、左に立たれては霞がかかったようにウィルの半分しか目に映らない。
リックは腹立たしくて歯軋りをした。
「よくやったウィルぅう!てめぇ、そのままソイツの動きを抑えてろぉお!俺がトドメを刺してやらぁあ!」
立ち上がって威勢を取り戻したギルが剣を天井に向け、直後に走ってきた。
「いやああっ!リック様、逃げてくださいっっ!」
レティが頭を振って悲鳴を上げた。
「船長!」
「リチャード船長っ!」
仲間たちもリックを呼んで総立ちになる。
ギルの振り下ろした剣が、リックを傷つけると思われたとき――。
ギンッ!ギルの剣が止められた。リックの右目にはためく緑のマントが映る。
「させないよ」
金髪の合間から覗くアメシストの瞳が、ギルを鋭く睨み付けた。
アルは剣で押し返し、ギルは少し間を取るように離れた。
「アル……」
「ここからは俺も参戦する。俺は君の仲間でも部下でもないし、黙って見ておけっていう指示を素直に聞く義理もないからね。けど友人だ。だから此方は俺に任せてよ」
アルは剣を構え直した。最後の一撃を止められたギルが牙を向く。
「何邪魔しに来てんだ?モヤシの第二王子が!」
「これで二対二。さっきよりは平等だ。君にしてみれば、殺せる対象が増えたから良いだろ?俺が負けたら、好きなだけ八つ裂きにして構わないけど」
「言うじゃねぇか……。まあいい。ここにいるやつは皆殺しだしなぁ。それが早まっただけ。後で泣きベソかくんじゃねぇぞぉ?」
「どうかな?泣きベソかくのは君かもよ?」
アルとギルがお互いに剣を向けた。それを見たウィルが言う。
「寸でのところで命拾いしたな」
「ああ、どうやらそうみたいだ。悪いが昔から悪運だけは強いんだよ」
リックはニヤリと笑って、右足を上に蹴り上げた。
避けたウィルが離れた隙に立ち上がり、床を蹴って剣を拾う。リックとウィルも剣を構えた。




