3尾
さて、面白くないのは当のサンマである。
人間に取っ掴まった挙げ句に、何の因果か『目黒』なんて聞いたこともない産地に偽装されて売られちまうんだから、泣きっ面に蜂とはこのことだ。サンマにもプライドってもんがあらあな。
「食われっちまうのは仕方ねえにしても、目黒産まれなんて言われた日にゃあ、御先祖様に面目が立たねえ」
今朝一番、築地の魚河岸に揚がったばかりの親分サンマが、べらんめえと、がなりたてる。
すると品川で揚がった太鼓持ちが、
「そもそも、お殿様が『サンマは目黒に限る』なんて言うから、こんなことになってしまったんでげす」
と言いつける。
「じゃあ、どうすりゃいいのよ」
と、お姉言葉で、川崎産まれが言ってくりゃ、
「全ては御仏の導きなりや」
と、ホントならどこぞの寺の破戒坊主に食われる予定だった生臭野郎が、線香臭いことを言いなさる。
「とにかく、お殿様に直談判だ」
そういう結論に達すると、サンマたちは一致団結してお城に向かった。
「やいやい。お殿様はいるかい」
「なんじゃ、このサンマどもは。わしなら逃げも隠れもせん。ここにおるぞ」
「お殿様のおかげで、俺たちゃ見たことも行ったこともねえ目黒産まれなんてもんに偽装されて、偉え迷惑してんでい」
さすがは築地の。他のひょうろくと違って威勢がいい。片肌ならぬ、片ウロコ脱いでの啖呵に、お殿様も目を白黒させていなさる。
「ええ、どうなんでえ。お殿様ともあろう御方がサンマ一匹救えねえようじゃあ、武士の名が廃るってもんじゃねえのかい」
「目黒で食ったのが美味かったんだから、仕方がなかろう」
「シタカもヨタカもあるもんかい。とにかく目黒産は間違いでしたってことをよ、国民の前でバシッと謝罪してくんな」
「いいや目黒だ」
「謝罪だ」
「目黒」
「謝罪」
とまあ、このままじゃラチがあかない。
そのときお殿様のお腹がグゥ、と鳴りなさった。
「サンマよ。わしは今朝から何も食っとらん。腹が減っては謝罪はできぬ」
空腹には勝てぬか、お殿様。正直に腹を割って言いなさる。
サンマたちにとっても、しめたしめたよ占め子の兎。
「よしきた。だったら今すぐ俺たちを食らいやがれ。目黒産が偽者ってところを思い知らせてやろうじゃねえか」
サンマたちにしてみりゃ、どうせ一度は捨てた命。これで大願果たせるなら、お安いもんでござんす。
集まったサンマたちは、我先にと争うように七輪の上に飛び乗った。
お殿様にしてみりゃ、マイブームのサンマが食い放題。しかも自薦するだけあって、みんな脂が乗って実に美味そうと来てやがる。
さっそくひと口。
「美味い」
「どうでえ。やっぱり築地のが一番だろう」
「いやいや、品川のも味見してみないと。うん、これも美味い」
「そうでげしょう」
「お殿様。あたしも食べてえ」
とまあこんな調子で、とにかくサンマサンマのオンパレード。
さすがに全部食い終わった頃にゃ、腹も膨れて身動きひとつ取れねえ始末。
「ちと食いすぎたわい」
喉もからから、口んなかも脂でぎとぎと、気持ち悪いったらありゃしない。
そこでお殿様、扇子を打ちつけてひと言。
「茶は目黒に限る」
お後がよろしいようで。
(完)