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神の使いと終焉者  作者: 久我尚
オメガ 前編
9/30

第8話 『昼食後』

 昼休み。

 屋上で昼食を食べるのは学生の夢だと語る彼は、その夢の通りに高校一年生の噂が流れ孤立し始めた頃からは、いつも屋上にて瑠奈手製の弁当を食べている。

 ちなみに昼食は彼一人で食べているわけではない。ちゃんと相手はいる。が、それは数少ない友人の悟ではない。今日の悟は同じ部活動の部員と食べている。流石は次期サッカー部キャプテンと呼ばれているだけあって、彼の元には男子生徒も女子生徒も集まる。弁当を食べる相手は日替わりだ。

 人気者の悟とは違って少人数で昼食をとっていた陸は、空になった弁当箱を片手に階段を下りている最中であった。普段通りならこのまま教室に直行なのだが、


 「あ、先輩! 探しましたよ!!」


 「――――」

 三階から二階へと下っているところで、元気な女子生徒の声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声だなと思いつつも彼は階段を下り続ける。それもそうだ。彼は自分に話しかけるような物好きはいないと思っているのだから。


 「え、ちょっと無視ですか!?」


 「…あんな元気に呼んだのに無視されたのか。可哀想だな」


 「桐原先輩!」


 「あ、俺?」


 「そうです。先輩ですよ」


 振り返ると小柄な少女――小川琴美が立っていた。

 彼女が自分のことを先輩と呼ぶのを完全に失念していた。


 「――――」


 現在の状況はというと陸は踊り場、琴美は三階にいるという形だ。つまり陸は琴美に見下ろされていて、琴美を見上げている状況である。


 「…なんですか?」


 「ん? いや、この下からギリギリ見えない感じいいなって思って」


 「……!?」


 琴美は顔を赤く染めて一歩引いた。


 「な、なに言ってるんですか!?」


 「男のロマンだよ。やっぱスカートって最高だな」


 「――先輩ってやっぱり変な人なんですね」


 「そうそう、変な人なんだよ。だから近寄んな。お前にも変な人菌がうつるぞ? そしたらのけものフレンズの仲間入りだ」


 「………」


 「なんだよ…」


 今度は陸が琴美にじっと見つめられていた。


 「いや、ホントに想像とは違ったなって思っただけです」


 この人はこうだという想像というのは、言ってしまえば妄想であり、人物像の勝手な押し付けである。なので現実と妄想の差に失望されても困る。

 そのようなことを陸が言おうとした時だった。琴美の口から予想外の言葉が聞けた。


 「でも別に失望とかは特にしてないんですけどね。私がただ桐原先輩のこと知らなかっただけなので」


 想像とは違ったものを目にした場合、人間というのは大抵気を落とす。

 もちろん、良い意味で裏切るという言葉があるように、全部が全部マイナスになるわけではない。今回はネットショッピングなので服を買ったというのに、いざ届いて開けてみると写真と色が違ったなどで考えてもらえばいいだろう。こういう人だろうと思っていた人物が実際に会ってみれば違っていたのだ。それだというのに琴美は失望も落胆もしていないのだという。


 (こいつおかしいだろ。だって俺、嫌われ者だぞ? 俺のことどんな奴だって思ってたかは知らんが、学校で人から避けられている変人ってなったら落胆するだろ。普通は)


 琴美の反応はあまりにも陸の想像とは違いすぎた。


 「……これこそ被害妄想ってやつか」


 「何か言いました?」


 声が小さすぎて彼女の耳には届いていなかったようだが、陸的には好都合だった。


 「いんや、お前も変な奴だって言ったんだよ」


 「へ? 何でですか?」


 「なんだろうな…」


 世の中に変わり者はいる。例外は何にでもあるんだな、と思いながら誤魔化すように彼は答える。


 「んで、なんだよ。呼び止めたんだからなんか用あるんだろ?」


 「ああ、ただ今日も行きますって話です」


 「どこに?」


 「そりゃ先輩たちの部室? 以外ないですよ」


 「――どうやらお前はただのおバカらしい。俺、来るなって言ったよな? あそこのグループに入ったこと知られたらお前も――」


 「――嫌われ者の仲間入り…ですか?」


 「わかってんじゃねえかよ」


 なのになぜ接触しようとするのだろうか。理解に苦しむ。


 「私は先輩と仲良くなりたいんですよ。それにあの部屋にいる人たちのことももっと知りたいんです」


 「めんどくさいやつだな…。そんな面白メンツだったか?」


 「私的には?」


 「質問に質問で返すなよ…」


 疑問形で返されても陸にはわからないことだった。


 「とりあえず! 私は私の好きなようにしますよ。周りから何と思われようがどうでもいいです」


 「三年間、人から避けられたり、いじめられたり、陰口叩かれるかもしれないぞ」


 それは精神的にかなりのダメージを与えるはずだ。そうなってしまった場合、責任の取りようがない。


 「どうでもいいですよ。私は耐えられます。だって私は先輩に会うためにここまで来たんですよ? 舐めないでください」


 「――――」


 強い一直線なあり方。彼はそんな彼女のあり方を羨ましいと思ってしまった。


 「――かっこいいかよ、お前」


 「そ、そうですか?」


 多少照れたような仕草を取る琴美を見ながら彼の言葉は続けられた。


 「だからお前のあだ名『おっぱいイケメン』な」


 「何言ってるんですか!?」


 胸を隠すように自分の肩を抱き、顔を赤らめた琴美はさらに一歩引く。


 「光栄に思え。俺がイケメン認定した女子はお前が初めてだよ」


 「いや、全然光栄じゃないし、嬉しくないんですけど…」


 「あら、そりゃ残念。…そんなことよりも本当にいいのか? クラスで浮いても」


 念を押す。下手をすれば高校生活をまともに送れなくなる可能性があるのだから。

 大げさなんてことはない。彼らの年齢で精神が成長しきっている者は少ないのだ。陰口やら虐めやらに耐えられるわけがない。それに耐えれたとしても孤独というのはつまらないものだ。


 「はい。大丈夫です」


 「強いな」


 「そんなことないですよ。だってもしもの場合は桐原先輩が助けてくれるんですよね? あの時みたいに」


 階段を下りて、陸と同じ位置に立った琴美は笑顔でそう言った。


 (なんだ、こいつ。結構可愛いじゃねぇか…)


 意図しているわけではないのだろうが、あざとさというものが彼女から感じられた。


 「買い被んなよ」


 「買い被ってないですよ」


 琴美には見えていなかったようだが、陸は顔をしかめていた。


 (買い被りなんだよなぁ)


 彼は本当に善意で人助けなどするような善人じゃないのだ。


 「あ、そうだ。結局行っていいんですか?」


 思い出したように尋ねてきたが、今の流れであればほとんど答えは出ているようなものだった。


 「いいよ。でも暇でも責任はとらないからな」


 「任せてください。暇つぶしには自信あるので」


 「ほぉ、心強い」


 桐原陸という少年はつくづく運がいい。果報者だろう。

 これで何人目だろうか。一緒にいてもいいと思える人物と出会ったのは。

 違和感しかなかった先輩呼びも、いつのまにか呼ばれて心地よくなっていた。


 「年下の女子に先輩って呼ばれるのっていいな…。なんか気持ちが昂る」


 「何言ってるんですか……?」


 「え、引くなよ」


 先輩呼びをされるのは高校に入学してから初めてだった。なので素直に嬉しかったのだが、彼女には普通に引かれてしまった。


 (にしてもなんでだろうな。中学校の時も呼ばれたことはあったけど、高校になってから呼ばれる方が気持ちがいい。やっぱ呼ぶ側の女子が異性と呼べるほど成長してるからだろうか。…やばいな。これを奴に聞かれたら脳天撃ち抜かれる。この辺でやめとこ)


 ここにはいない人物に殺される光景が容易に想像できた。


 「――んじゃ、俺は二階だから」


 「はい。また後で」


 「おう。また後でな、おっぱいイケメン」


 「それやめてください!!!」


 琴美の声はよく響いた。おかげで周囲からの視線が集まる。


 (やめてぇ…。陰口叩かないでぇ…)


 この日新たに「桐原が今度は後輩に手を出したらしい」という噂が流れ始めた。

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