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神の使いと終焉者  作者: 久我尚
オメガ 前編
8/30

第7話 『校内の有名人』

 地獄。

 それが眼前の光景である。

 燃え盛る炎。周囲の道を塞ぐがれきの数々。響き渡る人々の悲鳴。

 とても人間が生きれる環境ではないこの場所。まさしく地獄そのもの。

 「――――ぁ」

 右腕を伝う美しいほどに赤い鮮血。

 肘の辺りからそれは滴り、ポタポタと地面にたまり場を作っている。

 「……ぁ………ぁぁ」

 少年の人ならざる右手は目の前の少女の体を貫いていた。

 最愛の存在であった彼女の体を自らの手で殺している。

 「――や、め……ろ…」

 右手は動く。

 「――――やめ…ろ」

 少年の声と命令に従うことなく、腕をさらに少女の体の奥へと進めていく。

 腕はさらに赤く染まり、少年に絶望を与える。

 「やめろぉぉぉっ!!」

 

 ――不許可だ。

 

 少年は勢いよく腕を引き抜いた。

 少女の腹部から出た血飛沫を少年は全身に浴びる。

 「――――接続完了。使徒しと       、起動開始。これより終焉者カタストロフ、エル――」

 死したはずの少女の口から、血とともに零れ落ちる言の葉を聞き遂げる前に少年の意識は失われた。

 

*****

 

 桐原陸きりはらりく

 十七歳、高校二年生。厳密には十六歳ではあるが、今年で誕生日を迎えるので十七としても問題はないだろう。

 身長は176cm。大きいのか小さい方なのかは本人は気にしていないが、一応高い方に部類されている。

 友人は少なく、彼を嫌うものの方が多い。これに関しても当の本人は無頓着であった。

 そんな彼は朝から嫌な夢を見たために不機嫌だった。

 下駄箱から取り出した上履きを雑に床に放り投げたことからそれは窺える。


 「――有名人はつらいな、ほんと」


 学校内で有名人で或るところの彼は、目下、陰口を言われ、近づかないようにあからさま避けられているところだった。

 虐め? まさか。そんなことはなない。犯罪者に近づきたがる者はいないのだから。彼らは皆、適切な態度をとっているだけだ。

 それ故に陸は気にしていない。地面に転がった上履きを履いて、いつも通り階段を上がって、いつも通り廊下を歩き、いつも通り教室に入って自分の席に着席するのだった。

 彼の席は右から二列目の前から二番目の場所である。

 名前順なのでこの席になったわけだが、実に微妙な場所だ。できれば端の列が好ましかった。というのも一番左端であれば窓と、右端であれば壁とお友達になれるからだ。


 (無機物がお友達とか最高かよ。…早く席替えしてぇ)


 ちなみに教室内でも周りに変化はない。距離を取り、小声で何かを口にしている。

 内容はほとんど聞こえている。陸の耳がいいというのもあるが、なぜか自分に向けられ言われた言葉というのは聞こえやすかった。

 たくさんの人から視線を向けられるなんて僕はなんて幸福なんでしょうか。なんて考えられるほど、彼はポジティブシンキングではない。よって鞄から本を取り出して読書に逃げることにした。これもいつも通り。もはやルーティーンだ。

 本といっても堅苦しいものではなく、ライトノベル。とりあえず冒頭のページを開いて目を通す。


 (これ読むの何回目だよ…。ま、面白いからいいけどさ)


 家だけでなく学校でも読むとなるとラノベはすぐ読み終えてしまう。なのでそろそろ新しいラノベでも開拓するか、と考えながら可憐な少女の描かれたセクシーな挿絵を見て心を癒していると、陸の席の前で誰かが立ち止まった。


 「よっ! 陸」


 「――誰だ、このイケメンは……」


 声を掛けられ顔を上げるととても整った顔立ちをした少年が陸を見下ろしていた。


 「なんだよ、悟か…」


 この少年――加上悟かがみさとるは陸の数少ない友人の一人である。

 初めて出会ったのは小学生の時なので瑠奈の次ぐらいに付き合いは長い。


 「なんでがっかりすんだよ。ていうかこのやり取り何回やるんだ?」


 「んー、気が済むまで」


 「ならさっさと済ましてくれ」


 「可及的速やかにな」


 「知ってんぞ。お前がそれ言う時は大体実行しないから」


 悟は席に座った。彼の席は陸の前なのだ。おかげさまで彼は最前列という授業に集中せざるを得ない席から逃れられていた。


 「その本前も読んでなかったか?」


 「読んでたな。読む本ないから仕方ないだろ。それよか見ろよ、この絵えっちくね?」


 「――えっちぃな…」


 悟は体育会系ながら陸の趣味を理解している。というよりもさせた。

 おすすめのアニメを見させ始めた結果、思いのほかこのイケメンはハマったのだ。


 「フッ、やはり二次元の前には陽キャも無力ということよ」


 「何言ってんだ急に。というか全員が全員ハマるなんてことはないと思うけどな」


 「うるせぇ。現実押し付けんな」

 親しい友人らしく会話をする二人に相も変わらず周囲は視線を向けている。


 「――今日もなにやらこそこそ言われておりますな」


 「人気者のそばにいると目立つねぇ」


 「俺みたいなスターのそばにいなくても陽キャでナイスガイのお前は目立つよ」


 悟の方は陸とは違って別に避けられていない。むしろコミュニケーション能力の高い彼は友達が多いのだ。


 「はっはー、褒めても何も出ないぞ?」


 「出せよ。昨日飯代忘れたとか言ってたから貸してやった金」


 「ああ、忘れてた。…ほれ、300円」


 「あと100円」


 「ありゃ? 飲み物は奢りじゃないの?」


 「ミルクティーとかシャレたもん飲むやつには奢らねぇよ」


 「そりゃ残念」


 パン代300円、飲み物代100円を受け取り、これで貸した分の返済は終了である。


 「んで、いいんですかい? 新しいクラスになってまだそれほど経っていないけど」


 「いいってなにがよ?」


 「俺と一緒にいてだよ。友達減るぞ?」


 嫌われ者に近寄る者はその嫌われ者と同じカテゴリに入れられる。悟も例外ではない。

 とはいっても1年かけて作られた悟のイメージというものがある。即座に避けるべき対象に認定されることはないだろうが、陸と一緒にいればマイナスのイメージが必ずつく。


 「別にいいだろ。友達でいて欲しい奴が友達でいてくれればいいんだから」


 「――平然とかっこいいこと言うなよ…。心までイケメンとか、なんだお前。死ねよ」


 「あのな、中学の時はお前の方がモテてたぞ?」


 「そっちこそわかってんのか? 中学校でモテても意味ないんだ。女子がいい感じに成長してきた高校時代にモテるからこそ意味があるんだよ」


 「おう、流石の最低の発言だ。瑠奈に聞かれたら死ぬぞ?」


 「そんな都合よく現れるわ、け…っ!」


 後頭部に衝撃。陸は見事に机に頭を打ち付けた。


 「おはようございます。加上くん」


 「おう、おはよ瑠奈。今日はこれと一緒に登校しなかったんだな」


 「ええ、またいつもの夢を見たから一人で登校したいとのことだったので」


 「ほぉ」


 机と密着している陸をよそに二人は挨拶を交わす。

 瑠奈も理解しているだろうが、陸以外であれば普通に危険だった。


 「鞄はダメだろ…。しかもお前それすごい重いやつじゃん…」


 「すみません。重くて周りに意識を向けている余裕がありませんでした」


 最後に「私非力なので」と笑顔で付け加えた。


 「あら、いい笑顔。可愛いらしいなぁ、おい。殴ってやろうか?」


 「お断りします」


 またも笑顔で言うと瑠奈は自分の席へと向かった。

 彼女の席は右から2列目の前から2番目。陸と同じく微妙な席だ。


 「よかったな、朝から瑠奈のお叱り貰えて」


 「お叱り(物理)とか勘弁してほしんだよなぁ」


 今のやり取りのおかげでさらに視線が集まった。が、瑠奈も陸と同じく嫌われ者であるがために視線が分散されたので数はあまり変わっていない。

 陸は瑠奈の方へと視線を向ける。

 瑠奈の方を見てみると、携帯をいじり始めたところだった。何をしているのか。彼女がゲームアプリをやっている可能性は少ない。SNSで誰かとやり取りをしているなんて光景も陸には想像できなかった。


 「なんだぁ? そんな瑠奈のことじっくり見やがって、このこの~」


 「うぜぇ…」


 「そう言うなよ。学校一の美少女と幼馴染で一番親しいんだ。表情変化させるのもお前の前だけだろ? もっと誇れ」


 悟の言う通り、天野瑠奈は美少女である。

 陸の主観ではあるが、この学年どころかこの学校で一番の美少女だ。


 「嬉しいなぁ。嫌われ者仲間がい、て…っ!?」


 今度は頭部左側面に衝撃。何が飛んできたのかというと消しゴムだった。鞄ほどではないにしても威力はそこそこあった。


 (どこが非力だってんだ…。てか、物投げんなよ…。俺らに挟まれてる二人が今座ってたらどうしてたんだ、あいつ。――いや、あいつの投擲能力なら間に二人いたところで関係ないのか?)


 投擲したのは学校一の美少女。機嫌を損なったがための結果だった。

 陸はやり直すことにした。


 「ほんと嬉しいよ。学校一の美少女と仲良くでき、て…っ!?」


 またも消しゴムが投擲される。


 「なぜだ…っ!」


 もはや正解がなかった。


 (何個あんだよ。2個だけだったら渡しに行かないといけないじゃねぇか)


 一応床に転がった消しゴムを2つ拾い上げる。


 「案外照れ隠しとか?」


「そえはアウトじゃねぇのかよ…。てか、照れ隠しはないだろ。だって天――」


 視界の端で瑠奈が筆箱からシャーペンを取り出していた。


 「――すみません。なんでもないです」


 小さな声で謝ると瑠奈は筆箱にシャーペンを収め、携帯を再びいじり始めた。

 あともう少し謝罪が遅ければ、この教室内にいた同級生たちは、クラスの嫌われ者の頭にシャーペン突き刺さる光景を目にしていたことだろう。


 「瑠奈って耳いいよな」


 「ああ、五年前からな」


 天野瑠奈は耳がいい。

 ざわざわとした生徒たちの会話が空間を支配している教室でも、陸の声を正確に聞き取れるほどには耳がいい。これをただ耳がいいというこで済ませるかは人それぞれだろう。


 「五年前ね…。そういえば敬語使い始めたのもそんくらいからだっけ?」


 「そうだな。それも五年前、中学生になってからだ」


 ――そう、全ては五年前。いつも夢に見るあの日から。

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